【前号のあらすじ】

トヨタ自動車「レクサス」のフラッグシップである「LS」は、ブランド価値を高めるだけでなく収益も大きく伸ばさなくてはならない。チーフエンジニアの吉田守孝はホイールベースのロング化に加えて、高性能パワートレーンの導入を決意する。高性能化の手段は、エンジンとモータを組み合わせたハイブリッド・システム。そのハイブリッド・システムに組み込むエンジンをどうするか。果たして、その方針を聞いたエンジン開発部門からは強烈な反発を受けることに。

写真:早川俊昭
【登場人物】
吉田守孝 1980年、トヨタ自動車入社。初代LSやSCなどのサスペンション、ステアリングの設計を担当。1993年から製品企画業務に携わり、クラウン、GS、LSの開発に従事、現在はトヨタ自動車 商品開発本部レクサスセンター チーフエンジニアとしてLSの製品企画を統括する。

旭 哲治 1980年、トヨタ自動車入社。一貫してエンジン開発部門に所属。1997年からLSのエンジン設計にかかわり、2000年に3代目の4.3L化を実施。LSの新型4.6LのV型8気筒エンジンの開発責任者を務める。現在はトヨタ自動車 パワートレーン本部エンジンプロジェクト推進部主査。

大谷元希 1988年、トヨタ自動車入社。1996年から初代の直噴ガソリンエンジンの開発に携わり、2003年から第3世代となるD-4Sの燃焼開発グループでグループ長としてURエンジンの開発に従事。現在はトヨタ自動車 パワートレーン本部第2エンジン技術部エンジン制御開発室グループ長。

山田 哲 1986年、トヨタ自動車入社。東富士研究所にてエンジンの基礎研究の後、NZ系やZZ系のエンジン開発に従事。エンジン設計グループリーダーとして、2004年からUR系(LS)を担当。現在はトヨタ自動車 パワートレーン本部エンジンプロジェクト推進部主担当員。

 収益の確保とブランド力の向上。LSに与えられた二つの使命を果たすために、トヨタ自動車でLSのチーフエンジニア(CE)を務める吉田守孝は、歴代のLSが守り続けてきた「1プラットフォーム、1エンジン」という伝統をあえて捨てた。収益を確保するベース車とは別に、ブランド力を高めるためのプレミアム車種を投入する、と。その一つがロング・ホイール・ベースであり、一つがハイブリッド・システムを搭載した高性能パワートレーンであった。

 吉田は、エンジンの開発部隊との打ち合わせに臨み、初めてハイブリッド・システムの構想を語った。

「というわけで、ハイブリッド・システムを採用し、そこにはベースエンジンとは別のエンジンを組み込みたいと考えています」

吉田守孝
トヨタ自動車 商品開発本部レクサスセンター チーフエンジニア(写真:栗原克己)

 この瞬間、エンジンの開発部隊の目つきが険しく、そして冷たくなった。吉田には、会議室の温度が急に2~3℃下がったように感じられる。エンジン開発を指揮する旭哲治が、吉田の真意を計りかねて質問した。

「吉田さん、別のエンジンとは、どういうことですか」

「ベースエンジンより排気量をアップさせたいんです」

「V8のままで?」

「ええ、V8のままで」

「それなら、開発中のV8エンジンでも良さそうなものだけど…」

「もっと走るようにしたいということと、差異化という意味があります」

「差異化? ハイブリッドにした段階で、既に差異化できていると思いますけど…」

「そうなんですが、さらに純粋にエンジン自体で差異化したいんです。誰がどこから見ても正真正銘、最高のパワートレーンだと分かるように」

 吉田のきっぱりとした口調には、その決意に微塵みじんの揺るぎもないことが現れている。

「それはそうかも知れませんが、別のエンジンを開発すること、ましてや排気量をアップすることがどれだけ大変か…」

 かくいう旭も、吉田の思いは分かる。同じ技術者として、できることなら最高性能を誇るパワートレーンを開発してみたい。けれど、時間と人が限られている。大排気量のエンジンを開発する余裕などあるのだろうか。ベースエンジンの開発でさえ、まだまだ課題が山積みだというのに…。

 打ち合わせを終え、旭は自分の席へと戻った。窓の外では、抜けるような青空に、赤や黄に色付き始めた木々の葉が揺れている。2003年も秋を迎えていた。

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