1989年に米国市場へ投入されたレクサスLSは、高級セダンとしてその地位を確立し、その後、セルシオとして日本市場をも席巻する。それから11年。世界共通のブランドとなったレクサスの旗艦車種としての重責を担って、4代目LSの開発が始まった。

写真:栗原克己

【登場人物】

吉田守孝 1980年、トヨタ自動車入社。初代LSやSCなどのサスペンション、ステアリングの設計を担当。1993年から製品企画業務に携わり、クラウン、GS、LSの開発に従事、現在はトヨタ自動車商品開発本部レクサスセンターチーフエンジニアとしてLSの製品企画を統括する。

 2006年9月19日。東京渋谷区にある新国立劇場。夕方から降り出した雨に、目の前の甲州街道の路面は濡れ、行き交う車のヘッドライトの光がキラキラと反射する。時計の針はまもなく午後6時を指そうとしていた。

 「これら三つのこだわりを達成するために、『最先端の技術』と『徹底した基本エンジニアリング、匠の技』を融合させました。これを極めることはまさしく、日本のものづくりの強さでもあります。このクルマづくり、ものづくりを支えたのは、開発/生産に携わったスタッフ一人一人のこのクルマに対する熱い想いです。本日、すべてのスタッフの代表として、皆様方にこのクルマをご披露できることを、私は誇りに思います」

 新車開発の陣頭指揮を執るチーフエンジニア(CE)だけに許された、新車発表会という晴れの舞台。開発責任者としての重圧を跳ねのけ、全身全霊を懸けて造り上げたクルマがベールを脱ぐ。「レクサスLS460」。そのチーフエンジニアを務めたのは吉田守孝だった。

 吉田が所属するのはトヨタ自動車。販売台数で世界首位の座を射程に捉える一方で、カーメーカーの威信を懸けて戦う高級プレミアムカー市場ではいまだに、ベンツやBMWに代表される欧州車の後じんを拝す。この市場で、トヨタ自動車の、そして日本の存在感を示すために、満を持して投入したクルマこそ、この日お披露目されたレクサスLS460なのだ。

 午後7時すぎ。三たび開催された新車発表会の最終回が終了した。レクサスLS460の挑戦が今始まったことに改めて気を引き締めつつも、節目となるこの日ばかりは、吉田の表情にも安堵の笑みが浮かんでいた。

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