世界で「接合革命」が起きている中、自動車の車体を接着剤で接合する「構造接着」技術で日本は欧米の後塵(こうじん)を拝している。このまま負けるわけにはいかない、日本の自動車業界を支援しようと立ち上がったのが、新構造材料技術研究組合(ISMA)のプロジェクト「構造材料用接着技術の開発」だ。このプロジェクトから画期的かつ実用的な接着剤が誕生している。産業技術総合研究所(産総研)接着・界面現象研究ラボ研究ラボ長であり、東京工業大学科学技術創成研究院准教授の佐藤千明氏にその詳細を聞いた。

日本の生産技術、中でも自動車の生産技術は世界でトップクラスと言われているので、まさか構造接着技術に関して、ここまで欧米と差が開いているとは驚きました。何が原因なのでしょうか。

佐藤氏:まず、接着剤のユーザー、中でも設計者が接着剤に対して抱いているイメージが昔のまま更新されていないケースが多いと思います。世界の構造接着技術は進化しているのに、依然として「接着剤は強度が低い」「耐久性がない」と考える設計者がほとんどです。

 もちろん、接着剤の成分は樹脂ですから、溶接や金属と比べると強度は落ちます。従って、溶接と同じ考え方(センス)では接着剤を使いこなせません。接着剤で高い強度を得るには、接着面積を大きく取るなどの設計上の配慮が必要となります。しかし、こうした使いこなしのノウハウを積み上げれば、必要な強度も耐久性も得られるのです。要は、接着剤を使いこなすことを前提とした設計が大切だということです。

 しかし、設計者ばかりに責任を押し付けてはいけません。接着剤メーカーの責任もあると思います。強度や耐久性に対するユーザーの不安を払拭する説明を十分に行ってこなかったからです。加えて、構造接着技術の歴史がまだ浅いこともあり、基礎的な知識を体系的に学べる機会が少ないということも挙げられると思います。設計者が構造用接着剤の使い方を身に付けにくかったのです。

 第2次世界大戦の時、船舶の接合に溶接を使うという技術革新が造船業界で起きました。それまでのリベットから溶接という新技術に置き換わっていったのです。実際、米国は溶接で船舶を造り始めました。ところが、技術革新には当初はトラブルがつきものです。溶接を使ったものの、痛い目を見た日本は、溶接を使いこなせるようになる前にリベットに戻ってしまいました。結果、造船技術で日本は米国の後塵を拝したのです。

 溶接から接着という今の流れは、かつてのリベットから溶接という大きな技術革新と似ています。技術革新に背を向けて、同じ轍(てつ)を踏んではいけません。

もはや日本は欧米には勝てないのでしょうか。

東京工業大学科学技術創成研究院准教授の佐藤千明氏
(写真:寺尾 豊)
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佐藤氏:そんなことはありません。現時点では確かに欧米に後れをとっていますが、潜在的な技術力で決して日本が劣っているわけではないからです。事実、優れものの接着剤が日本から続々と誕生しています。

 構造接着技術で欧米に追いつこうと、経済産業省のプロジェクトが2017年度から走っています。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の新構造材料技術研究組合(ISMA)のプロジェクト「構造材料用接着技術の開発」です。

 ここで、我々は自動車向け構造接着技術の研究を進めています。そして、実はこのプロジェクトから既に画期的な接着剤が開発されているのです。しかも、特筆すべきは実用的な接着剤であることです。いわゆる「研究室レベルで実用時期は未定」といった類いのものではありません。

 このプロジェクトは、これまで述べてきた通り、自動車のボディーの主要な材料が鋼からアルミニウム(Al)合金、Alから炭素繊維強化樹脂(CFRP)、もしくはマルチマテリアルへと変化していく中で、対応が欧米に比べて後れている日本の自動車業界を支援しようと考えて我々が立ち上げたものです。構造接着技術を開発していると言うと、接着剤の開発だと思うかもしれません。もちろん、接着剤の開発は行っていますが、それだけではありません。接着剤の使いこなし方も併せて幅広く研究を進めています。

 なぜかと言えば、このプロジェクトを立ち上げるに当たり、我々が接着剤を使うユーザーにヒアリングしたところ、「そもそも、なぜくっつくのか」「どのように評価して耐久性を保証するのか」「検査はどうするのか」といった、実用面でのノウハウを求める声が意外に多かったからです。そこで、接着剤を開発することはもちろん、表面や界面の分析法や、強度の予測法、表面処理や検査法などを含めて幅広く研究することにしたのです。

 このプロジェクトに参画した接着剤メーカーが新しい接着剤を試作し、我々が評価や分析を行うことを通じて、設計法や検査法なども含めた「トータルな接着システム」を生み出す計画です。プロジェクト期間は今年(2018年)を含めて後5年。このプロジェクトが終わる頃には、ドイツに負けない幅広い技術開発を完成させたいと考えています。既に、誰もが安心して使える接着システムを構築しつつあり、日本の自動車業界はもちろん、接合に関連する企業に使ってほしいと思って日々研究を進めています。

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