鮫島正洋
内田・鮫島法律事務所 代表パートナー 弁護士・弁理士

 このコラムの第22回において、筆者は以下のように述べた。

 「自社利益優先/ベンチャーファースト、いずれの大企業が中・長期的に見て生き残るのか、という壮大な社会実験プロセスが始まりました。短期的視点に基づいた自社利益優先のスタンスを取り続ければ、やがて、全てのベンチャーからそっぽを向かれることは自明の理。そうした企業は自らイノベーションを創らない限り、イノベーションを経営に生かすことができなくなるというのが普通に考えた場合の帰結です。イノベーションを経営に生かすことが重要であるという前提を取る限りにおいて、結果的には、ベンチャーファーストなスタンスの大企業が生き残るのではないかと予測します」

 あれから1年、この点の進捗は筆者にとって大きな興味であった。大まかな傾向としては、ベンチャー企業とのオープンイノベーションの経験が厚い企業ほど、ベンチャーファーストの重要性を強調する、ということである。オープンイノベーションに対して先進的な取り組みをしているある企業の知財部長は、先月開催された講演において以下のように述べた。

「これからは大企業がベンチャーに選ばれる時代だ」

「ベンチャーファーストの姿勢こそが、これを実現するための基本となる」

 このコメントに対して、会場からは「ベンチャーファーストのスタンスを取る大企業はどのような利益を目的としてこれを行っているのか」という質問が出た。よくよく考えると、これはトートロジー(同語反復)である。ベンチャーファーストのスタンスを取れば「ベンチャー企業から選ばれる」という利益を実現できる、と既に述べているのだから。ベンチャー企業から選ばれるということは、ベンチャー企業のイノベーションがその大企業に集まる、ということと同義である。これが長期的な利益をもたらすという視点を持つことができれば、このような質問が出る余地はないはずである。

 ベンチャー企業のイノベーションを集めることがそんなに重要なのか、という疑問もあろう。しかし、「イノベーションなき企業は時代に淘汰される」という定理が真であるとしたら、時代に淘汰されないためには、自己改革してイノベーションを起こせる企業風土を醸成することが望まれる。だが、それは往々にして短時間ではかなわない。だとしたら、少なくともしばらくは、他者のイノベーションを集めるしかない。

 このように考えると、ベンチャーファーストのスタンスを取れるかどうかは、自社の利益のスパンを短期的な視点ではなく、長期的な視点で判断できるかどうか、ということに密接に関わる。なぜならば、ベンチャーファーストは、お人よしが損をするがごとく、短期的には確実に損をするからだ(しかし、これはお人よしの人生が損をし続けることを必ずしも意味しない。人望が厚く、豊かな人生を送るのはお人よしのほうかもしれないのである。全て利を短期に考えるか、長期で考えるかということに帰着する)。

 そうだとすると、イノベーションを起こせない企業が時代に淘汰されないためには、ベンチャーファーストのスタンスを取ることが必須であるという結論になるが、これは、四半期の決算開示を求める20世紀型の資本主義とは一線を画す。時代が21世紀型の資本主義(公益資本主義)に移行したという証左でもある。