驚異の回収率に聞こえる中小企業の「声なき声」

 公正取引委員会は従来、「発注内容に金型の設計図面を提供することが含まれていないにもかかわらず、取引の相手方に対し、金型の設計図面を無償で提供させる」などの行為を、「優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」というガイドラインに掲載して注意喚起してきた*3。しかし、このガイドラインに掲載されている事例は金型のような有体物に関する不当な要求に限られており、知的財産権のような無体物*4に関する不当要求については実態調査がなされていなかった。今回の調査報告はこの部分に光を当てたものである。

*3 「優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」のPDF資料

*4 講学上、「空間に一定の体積を占めることのない物をいう」と定義され、アイデアやノウハウなどの知的財産の他、電気も無体物であるとされる。空気は見えないが、体積を占めるため無体物ではない。

 講学上はともかく、「優越的地位」は継続的な取引実績に基づいて形成される、という運用がなされてきた中で、今回の調査報告に掲載されている事例は、継続的な取引事例に限らず、初見の者同士であっても、大企業側に「優越的地位」を認めるという前提に立っており、この点をどのように考えるかという法的な論点はある。オープンイノベーションという日本の重点政策を実効あらしめるための運用変更という説明にするのか、あくまでも従前の運用を維持しつつ、大企業との取引実績がなければ資金調達ができずに倒産に至る、創業間もないために十分な知財・契約マネジメント体制を構築することができない、などといったベンチャー企業の特殊要因(脆弱性)に立脚するのか、という論点である。

 今回公表された事例は、オープンイノベーションの現場にいる筆者からすれば「えっ! まさか、そんなこともあるの?」という感覚ではなく、むしろ「ああ、そのパターンね。あるある…」という感覚である。つまり、今回の調査報告は、極めて稀(まれ)な事例をさもあるように抽出したものではなく、世の中に知られていなかった、大企業と中小・ベンチャー企業との取引現場の常態をあぶり出したものである。

 さらに着目すべきは、製造業者に対して3万通(中小企業2万6300社、大企業3700社)発送された本調査にかかる調査票のうち、1万5875通が回収されたという事実である。電話による催促など、いろいろな手段を尽くしても、政府による調査票の回収率を20%超とすることはかなり難しいというのが、長らく政府の政策委員会に関わってきた筆者の相場観であることからすると、「52.9%」という本調査の回収率は驚異的な数字である。

 これが何を意味しているかは、解説するまでもないだろう。