2018年6月5日、シンガポール政府は「人工知能(AI)のガバナンスと倫理のイニシアチブ」と題する計画を公表した。「イノベーション推進のための仕組み作り(pro-innovation regulatory)」と「AI利用者が信頼できる環境(trusted environment)の構築」を掲げ、産業分野や企業にAI開発の自主ルールを作るよう促すものだ。

図 イニシアチブの概要
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 シンガポール政府が公開したイニシアチブは、これまで各国政府が公表した同種の報告書とは一線を画している。企業がAIシステムを開発するうえでどのような(WHAT)価値を守るべきかに加え、どのように(HOW)守るべきかまで踏み込んで記述しているためだ。

 このイニシアチブは、シンガポールの産業界や関連する国外の企業に影響をもたらすのみならず、日本の企業にとっても「AIの倫理」に配慮しつつもイノベーションを促進する枠組みとして参照できる可能性がある。

 以下、イニシアチブ策定の中心になった情報通信省 情報通信メディア開発庁(Info-communications Media Development Authority:IMDA)などが公開している情報に基づき、このイニシアチブが持つ意義と具体的な内容について解説しよう。

原則論から一歩踏み出す

 2018年現在、様々な国の政府機関がAIの倫理やガバナンスに関する報告書を公開している。日本は総務省 情報通信政策研究所の「AIネットワーク化社会推進会議」が報告書を公開しているほか、内閣府が2018年5月から「人間中心のAI社会原則検討会議」を始めた。海外では米国ホワイトハウスや英国下院科学技術委員会、仏議会などが原則や指針を策定している。

 政府だけではない。米国電子電気学会(IEEE)、NPO法人Future of Life Institute、米グーグルや米IBM、米フェイスブックなどの民間企業で組織される「Partnership on AI」など産学民様々な機関が、AIの倫理やガバナンスを考える上での原則や論点を公開している。

 これまでに公表された多くの報告書に共通するのは、AIと倫理を考える上で「何が重要な問いであり、価値なのか」というWHATの観点から、全世界的に共有できる「原則」を整理しリスト化したものである点だ。

 国内外で2年近く議論が行われた結果、WHATに関する論点は既に出揃いつつある。次の段階として現在求められていたのが「では、AIを用いた技術やサービスを提供する開発者や企業はその原則をどのように実装すればよいのか」というHOWの議論だ。

 シンガポール政府が示した今回の計画は、このHOWの部分に踏み込むものである。各産業分野や企業が多種多様な「価値」の取捨選択を自主的に考えられる実践的なガバナンスフレームワークを提示している。

 シンガポール政府はこの計画を策定するため、2017年10月からAI ガバナンスに関する省庁横断的な会議を開始した。

 参加省庁の所属は多岐にわたる。イニシアチブ策定の中心になったIMDAは、シンガポール情報通信省の具体的な施策を策定、実施する法定機関(Statutory Boards)であり、いわば日本の総務省と経済産業省が合わさったような機関である。これに加え、会議に加わったのはIMDA下の個人情報保護委員会(Personal Data Protection Commission: PDCD)やシンガポール金融管理局(Monetary Authority of Singapore: MAS)、陸上交通庁(Land Transport Authority: LTA)、検察庁(Attorney General’s Chambers)、シンガポール競争消費者委員会(Competition and Consumer Commission of Singapore: CCCS)など各省の監督機関(sector regulator)のほか、保健省(Ministry of Health: MOH)や情報通信省(MCI)、首相府直下のスマートネーションとデジタルガバメント省(The Smart Nation and Digital Government Office: SNDGO)や政府技術庁(Government Technology Agency: Gov Tech)、戦略的未来センター(Centre for Strategic Futures: CSF)、省庁横断で推進されている人工知能に関する5か年計画であるAIシンガポール(AI Singapore)などである。

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