「先代の杜氏*1が『これからの酒造りには近代的な労働環境の整備が必要だ』と危機感を持っていた」
 こう語るのは阿部昌弘氏。阿部勘酒造(宮城県塩釜市)の専務取締役だ。同社が1994年から始めた工場改革の背景には「働き方改革」があったというのだ。

阿部勘酒造(本社宮城県塩釜市)工場(酒蔵)の外観。前面道路の拡幅によって敷地をセットバックしなければならなかったため、1994年に工場(酒蔵)を改築した。
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*1 杜氏:日本酒の醸造工程の最高責任者。一般に、酒造職人である「蔵人」らを率いる。杜氏と蔵人は農業や漁業を営んでいることが多く、農閑期や漁閑期となる11月頃から4月にかけて酒蔵に出稼ぎに出る季節雇用だ。

前面道路の拡幅に伴い工場を建て替え

 同社の創業は1716年と300年以上の歴史を持つ。阿部氏の父親である、同社代表取締役の阿部勘九郎氏が14代目に当たる。「伊達藩の命によって酒造株を譲り受け、塩釜神社への御神酒御用酒屋として酒造りを始めたのが創業と伝えられている」(阿部勘酒造のパンフレット)という老舗の酒蔵だ。現在も創業地に酒蔵を構えており、年間酒造量は800石(14万4000リットル、1升瓶換算で約8万本)。「阿部勘」は、少量高品質生産で入手困難な名酒として知られる。

 そんな同社が転機を迎えたのは1994年。周辺地域の区画整理に伴う前面道路の拡幅のために、同社の敷地の一部が道路用地として収容されることになった。酒蔵をセットバックしなければならないが、背後に神社を控え、周辺に住宅が立ち並ぶ敷地の拡大は困難。酒蔵のスペースを十分に確保するには、増築ではなく改築しなければならなかった。

工場に隣接するオフィス兼店舗。阿部勘酒造の商品を購入できる。地域限定発売の酒も置いている。
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敷地入り口から、改築前からあった酒蔵の一部を見る。敷地の背面に崖地が迫っており、敷地を広げられなかったことが分かる。
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 望んで実施した改築ではなかったが、同社はこれを転機として、作業上の動線の見直しや老朽化した設備の更新を図る。1994年の自動製麹(せいぎく)機*2の採用に始まり、2007年の最新洗米機の採用や2015年の瓶詰め機の更新など、段階的にハードの近代化を進めた。

*2 製麹機:麹菌を混ぜて発熱した米を自動撹拌(かくはん)して冷やし、麹を造る機械。

 米や麹、酵母といった「生物」を扱う酒蔵で、特に醸造用アルコールを付加しない純米酒を扱う場合、通常の製造業と異なりリードタイムの劇的な短縮などの「合理化」は難しい*3。それでも工場改革に取り組んだのは、若い作業員を確保するための「労働環境改善」が必要と考えたからだ。「働き方改革」が時代のキーワードとなる20年以上前だが、「先代の杜氏は、工場改革なくして若い労働力を確保できないと考えていた」と阿部氏は振り返る。

 そんな時に飛び込んできた「道路拡幅による敷地の収容」が、労働環境整備を必要としていた阿部勘酒造の背中を押した。

*3 純米酒:米と米麹以外に、醸造アルコールを使用した「本醸造酒」に対して、米と米麹だけを使用しているのが「純米酒」。純米酒の中で、精米歩合の違いによって「純米吟醸酒」や「純米大吟醸酒」などに分類される。

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