「今年の夏はあの悪夢が再び訪れるのか」。ネット証券で自社システムの開発に携わるA氏は、憂鬱になっていた。

 悪夢とは、A氏が前年の夏にオフィスで経験した、厳しい暑さのことだ。開発作業を進めるため、A氏をはじめとするシステム部門のメンバーは、土日に出社する必要があった。ところが週末のオフィスは、環境への配慮から空調がストップ。窓際のブラインドは強い日差しで熱を帯び、室温は38度に達していた。

 A氏たちはそんな中で、仕様書を仕上げる必要があった。「体がじとっとしていて、仕事をしようにもやる気がわかない。仕様書の作成もはかどらず、大変な状況だった」とA氏は振り返る。

 A氏のように、室温が極めて高い現場で開発作業を進めた経験を持つITエンジニアはまれだろう。空調があるオフィスの室温は、17度以上28度以下にするよう、労働安全衛生法や建築物衛生法といった法令で定められている。ITエンジニアの開発現場であるオフィスのほとんどは、この法令に沿って室温をコントロールしているはずだ。

 ところが、最近の夏はとにかく暑い。連日35度を超える猛暑日が続いている。人やIT機器がひしめくオフィスでは、空調が利かない場合もある。午後の暑さは特にそうだ。空調の設定温度が25度でも、体感温度はそれ以上という読者も多いはず。40代、50代の暑がりの世代には耐えられないケースもある。

 オフィス環境を研究している早稲田大学の田辺新一氏(理工学術院 創造理工学部 建築学科 教授)は、「オフィスの室温が1度上昇すると、知的生産性は2%減少する」と指摘する。10カ所のコールセンターの平均室温と、そこで働くオペレーターの1時間当たりの平均応答件数を、1年間かけて調査したところ、このようなことが明らかになった。

オフィスの室温と生産性の関係
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 田辺氏の研究によると夏場で快適に感じられる室温は26度。これが30度になっても1時間程度であれば、本人のやる気で高い生産性の仕事ができる。しかし「不快な暑い環境で頑張ろうとすると疲労がたまる。そのため作業時間が長くなると生産性は落ちていってしまう」と、田辺氏は説明する。

 夏本番の今、暑さ対策を真剣に考えなければならない。もし冒頭で紹介したA氏のように38度のオフィスで仕事をすることになれば、適温26度の時に比べて、知的生産性は計算上、24%もダウンすることになる。

 そこで本特集では、オフィス環境をはじめ、熱中症対策や服装、食事といった暑さ対策を取り上げる。

そよ風を作り、しのぎやすくする

 まずは、生産性の低下を防ぐために、オフィス環境で対策を講じていきたい。ここで参考になるのが、冒頭で紹介したネット証券のA氏が講じた、オフィス内に冷気を取り込み、熱気は追い出すという対策だ。

 「暑くて仕方がない状況を和らげるために、以前経験したデータセンターの熱設計を生かせないかと考えて取り組んでみた」とA氏は説明する。

 暑さで仕事がままならなくなったA氏は、オフィス内や廊下を歩き回り、肌の感覚を頼りに、冷気がたまっている場所と、オフィス内で熱気がこもる場所を特定。それぞれの場所に、データセンターのサーバールームで空気を循環させるために使っていた送風機を持ち込んで回した。

 冷気は廊下や日が当たらないオフィスの片隅にあったので、そこにそれぞれ送風機を設置。さらに廊下の冷たい空気を取り込むために、オフィスの出入り口を開け、その床に送風機を置いて回した。「冷たい空気は暖かい空気よりも比重は大きい。送風機を床に置くことで、できるだけ多くの冷たい空気を取り込むようにした」(A氏)。

データセンターの熱設計を応用する
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向かい合う空間に風

 オフィス内に取り込んだ冷たい空気は、デスクに座るA氏たちITエンジニアが、確実に感じられるようにした。具体的には、ITエンジニアが向かい合う空間に風が流れるように、送風機を設置した。

 送風機の風は上下左右に広がらずに流れるので、ITエンジニアに直接は当たらない。しかし、送風機による空気の流れに周りの空気が吸い込まれることで、そよ風を作ることができた。「座っていると涼しさを感じられるようになった」(A氏)。

 暖まった空気は、送風機を棚に置き、オフィスの出入り口の上方に向けて廊下へ排出するようにした。比重が小さい熱気を効率よくオフィス外に排気することを狙った。サーバーの熱気がこもっていたオフィスの隅にも別の送風機を置き、こもった熱気をオフィスの出入り口付近にまで送るようにした。こういった取り組みをすることで、「かなりしのぎやすくなった」とA氏は効果を語る。

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