これまで難解と言われ、事実上は放棄されてきた「技術評価」と「戦略評価」。実は、これらを「特許の眼鏡」を通して見れば、的確に評価できるようになります。自社と他社について、それぞれ特許の観点から見た「技術評価」と「戦略評価」から、来るべき未来を予測する。それが「IPランドスケープ」です。ただし、このIPランドスケープも、やり方が悪ければ、単なる占いとそう変わらないものになってしまいます。そこで、未来を見通し、事業を勝利に導くための「真のIPランドスケープ」について、知財戦略家として有名な正林真之氏が本気で語ります。

注:IP(Inetellectual Propety)ランドスケープとは、知的財産の分析手法と、その手法を生かした知財重視の経営戦略のこと。戦略や事業の成功率を高める方法として注目されており、欧米企業が活用し始めている。現在多くの知財部などが行っている、他社特許への抵触を防ぐ通常の特許調査とは一線を画す新たな手法である。
正林 真之 氏 (しょうばやし・まさゆき)
正林国際特許商標事務所 所長・弁理士。国際パテント・マネタイザー
 1966年に千葉県茂原市に生まれ、幼少の頃から高校までをそこで過ごして、誰もが認める理科少年として多感な時期を過ごす。東京理科大学にて有機合成化学に魅せられ、優秀な成績で卒業して(1989年)、同大学の大学院理学研究科に進学するも、助手からの苛烈な虐(いじ)めにあい、中途退学。大学院の中退を機に、何か手に職をということで弁理士試験の勉強を始め、1994年に弁理士試験に合格する。1996年に、修行していた特許事務所を退職し、友人と共同事務所をつくるも、最終的には性に合わずに離脱。その後、跡取りを求める老齢弁理士(弁理士の1人事務所)に跡取りとして入所するが、「家族経営」という名のあまりの公私混同に耐え切れず、わずか半年で退職。さらにその後、居候弁理士を経て、1998年3月に独立。現在の正林国際特許商標事務所を設立する。

 その間に東京大学先端科学技術研究センターの客員助手を経て、当時の東大TLO(技術移転機関)に取締役として参画し、我が国における産学連携の基礎づくりを体験する。同センターには、客員研究員として現在も活躍中。その他、学術的に東京大学大学院新領域創成の非常勤講師や、東京理科大学専門職大学院MIPの客員教授を務めるなどして、後発の人材育成にも力を注いでいる。その一方、日本弁理士会において、会誌編集委員を約10年にわたって務め、その間に同委員会の副委員長4回、委員長2回を務め上げるも、当時の古参老獪弁理士の陰謀によって要職から外されるが、それを機会に立候補した副会長職に当選。それまで伝統的な持ち回りで運用されてきた弁理士会の派閥人事に風穴を開ける。以後、副会長職を5年にわたって務め上げ(2008~2013年)、2018年に再び副会長となり、弁理士会に多くの新機軸を展開する。

 特許事務所経営者として、10年も経たぬうちに100人以上の事務所をつくり上げ、その後のリーマン・ショックや東日本大震災の艱難辛苦を経て、20年足らずで200名超えの日本有数の大事務所に育て上げた経営者としての手腕を評価され、今でも多くのベンチャー経営者から経営の相談を受ける。それらの相談から得た知識により多くのベンチャーの成長に資することになり、知財戦略家としての名声を得ることになる。知財戦略に関する「特許ニュース」「IPレーダー」での連載、「弁理士をめざす人へ」「知的財産判例教室」「会社の商標実務入門」「貧乏モーツァルト 金持ちプッチーニ」など、知財戦略に関する著書も多数。