西日本を襲った記録的な豪雨で、高知県大豊町の山間部を走る高知自動車道上り線にある立川(たぢかわ)橋の橋桁が3径間、長さ約60mにわたって崩落した。同橋は立川トンネルの坑口のすぐ南側に架かる。

斜面崩壊によって橋桁が流失した高知自動車道上り線の立川橋。奥に立川トンネルの坑口が見える(写真:嶺北消防本部)
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現場付近の平面図。丸で囲った部分が、橋桁の流失した上り線の立川橋。図の左が北に当たる(資料:西日本高速道路会社)
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 Googleストリートビューによる被災前の状況はこちら

 西日本高速道路会社によると、巡回中の職員が7月7日午前3時すぎ、坑口そばの斜面が大規模に崩壊しているのを発見。夜が明けてから、橋桁がなくなっているのを確認した。

 高速道路が架かる位置の100mほど上から斜面が崩壊。崩れた大量の土砂が橋桁や床版を直撃し、流失したもようだ。

 6月28日の降り始めから7月7日午前8時までの総雨量は、近隣の高知県本山町で約1600mmに達していた。

7月7日未明に上り線から北に向かって撮影した写真。トンネル坑口が崩れた土砂で覆われている(写真:西日本高速道路会社)
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下り線から北に向かって撮影。写真左が上り線。中央奥に崩れた斜面が見える(写真:西日本高速道路会社)
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 「周辺は結晶片岩が分布するエリアで、過去にも大規模な斜面崩壊が繰り返し起こっている」。応用地質の技術者として、高知道の建設時の調査などに携わった上野将司氏はこう指摘する。

 今回の現場から南に17kmほど離れた高知県香美市では1972年7月、豪雨によって大量の水分を含んだ斜面が崩壊。4時間ほど前に起こった小崩壊で行方不明になった消防団員を捜索するために集まっていた人々を飲み込み、60人の死者を出す惨事となった。

 こうしたことから、現場付近の高知道は急峻(きゅうしゅん)な山あいをトンネルや橋で抜けることで、道路と斜面が接近しないように配慮していた。切り土区間のように斜面が崩れて土砂が直接、道路上に流れ込まないようにするためだ。

 斜面から橋桁までの距離が10mほどあれば、「崩れた土砂は橋桁の下を抜けていく」(上野氏)。

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