カナダのディーウェーブ・システムズは2018年4月10日、量子アニーリングマシン「D-Wave」のユーザカンファレンス「Qubits Europe 2018」をドイツのミュンヘンで3日間にわたり開催した。D-Waveマシンを使った研究開発に携わる100人ほどが集結し、筆者3人も日本から参加した。このカンファレンスで語られた最新の研究開発の中身に加え、レセプションやコーヒーブレイクなどオフタイムでの会話からみえたユーザーの本音を紹介する。

量子アニーリングマシン「D-Wave」

 ユーザーカンファレンスの報告に移る前に、簡単に量子アニーリングマシンD-Waveについて振り返っておこう。量子アニーリングは組み合わせ最適化問題、いわゆる「膨大な選択肢からベストな選択肢を探索する」ことを目的とした問題を高速かつ高精度に処理すると期待されている技術だ。1998年に理論物理学者の二人、門脇正史博士(発表当時、東京工業大学大学院生)と西森秀稔教授(東京工業大学)によって発表された計算技術である。

 この計算技術を実装したハードウェアを開発したのがディーウェーブ・システムズだ。2011年、世界初の商用アニーリングマシンとして販売を始めた後、ほぼ2年ごとにアップグレードが行われた。最も典型的な性能向上は量子ビット数の搭載数で、アップグレードのたびに量子ビット数が2倍ほど増加した。

 現在では、世界各地にD-Waveマシンを使う技術者や研究者が存在する。ここ日本でも、複数の企業がD-Waveマシンを使用した研究開発を進めている。ユーザカンファレンスではD-Waveマシンを使ったアプリケーションを探索する人材が集まり、研究開発の状況を披露した。

カンファレンス参加者の属性

 カンファレンス講演者の所属機関を産業別で分けると、大学や研究機関が9団体、航空宇宙が3団体、自動車が3社、広告が1社、ヘルスケアが1社という内訳だった(ディーウェーブを除く)。

 実用を見据えた具体的なアプリケーションをD-Waveマシンで動かした事例の発表本数について、対象となる領域ごとに分類すると、経路最適化が4、機械学習支援・高速化が3、材料科学が2、画像処理が1となった。交通渋滞の緩和や航空機の最短経路探索などに代表される経路最適化のアプリケーションと、特徴量選択や分類器の高速化・高精度化などに代表される機械学習支援・高速化が、D-Waveマシンに期待される主要なアプリケーションと言えそうだ。

 ただ、これから量子アニーリングの研究開発に参入する業種が増えていくにつれ、この内訳は大きく変わる可能性がある。例えば金融、製薬、材料開発などで量子アニーリングへの関心が高まっている。

D-Waveマシンのアップグレード方針

 ディーウェーブはユーザーカンファレンスの中で、D-Waveマシンの開発方針を明らかにした。最新機種の「D-Wave 2000Q」自体、現段階では発展途上であるという認識はユーザーが共通して持っている。ユーザー企業が同カンファレンスに参加する目的の一つに、D-Waveマシンの開発方針をいち早く入手できることがあった。

 最新機種のD-Wave 2000Qは、量子プロセッサ上に2048個の量子ビットを配置している。量子ビット間の結合は「キメラグラフ」と呼ばれる構造になっている。この構造は、量子ビット間の結合数が6個という制限がある。量子ビット数を増やすことで一度に取り扱える問題規模は大きくなるものの、この制限があるため、問題規模の拡大度合いは限定的である。

 同社はこのキメラグラフを元にしたアーキテクチャーを、2011年に発表した「D-Wave One」以来、継続して採用していた。今回ディーウェーブは、上記の課題を打破するため、従来の開発方針を見直してアーキテクチャーを抜本的に変更する予定であることを明らかにした。

ディーウェーブによるD-Waveマシンの次世代アーキテクチャーの紹介
(出所:“Qubits Europe 2018” D-Wave Directions)
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 具体的には1個の量子ビット当たりの結合数を、これまでの6個から、2.5倍の15個に増やす計画だという。

 アーキテクチャーを変更するとの方針は、実は米ワシントンで開催された前回のユーザーカンファレンスでも同社が明らかにしていた。ただ、前回のカンファレンスでは話題提供程度の紹介だったが、今回はより詳細に説明がなされており、本格的にこの方針で突き進むとの強い意思を感じた。

 ディーウェーブはこれまで、マシンのアップグレードのたびに安定的に量子ビット数を増加させる方針を貫いていた。このため、当面はこれまでの延長線上で開発を進めていくだろうと予想していた筆者にとっては衝撃の発表であった。

ディーウェーブによる今後の開発方針を示すスライド。C16が最新機種「D-Wave 2000Q」で用いられているグラフ構造。P6、P12、P16はそれぞれキメラグラフの代わりに導入する予定の新しいグラフ構造「ペガサスグラフ」を表す
(出所:“Qubits Europe 2018” D-Wave Directions)
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各社のD-Waveマシン応用事例

 冒頭で述べたように、D-Waveマシンは組み合わせ最適化問題向けの専用アクセラレータとしての用途がよく知られている。その一方、D-Waveマシンの持つ特徴を生かした新たな使い方を模索する動きもある。例えば機械学習や化学・物性シミュレーションとしての活用だ。今回のカンファレンスでは、こうした新旧様々な用途について報告がなされた。

 以下では、筆者の印象に残ったD-Waveユーザーによる応用事例をいくつか紹介する。

故障時原因解析(エアバス)

 最初に紹介するのはフランスのエアバス(Airbus)による、故障時の原因解析を量子アニーリングで高速化した事例である。エアバスは、ハードウエアの形式を問わず「実際にエアバスのビジネスに価値ある結果をもたらしてくれるのか」という現実的な観点から各種量子コンピュータを検討している。今回は、D-Wave 2000Qで実施したフォルトツリー解析(Fault Tree Analysis: FTA)の高速化について発表した。この結果はエアバス社内で量子コンピュータを用いた初めての事例だと紹介していた。

 FTAは、製品やシステムの信頼性や安全性を評価・解析するために用いられる一手法である。エアバスが取り扱う航空機ともなると、ツリーを構成するイベントやゲートの数が膨大になり、最新のD-Wave 2000Qでも全体を解析することはできない(下図)。

 ただ量子アニーリング(下図中、青のエリア)では、イベントやゲートの数(下図横軸)が増加したとしても、処理時間(下図縦軸)が変わらないことが期待される。

 この特徴を生かして、D-Waveマシンと従来のコンピュータによるソフトウエア処理を組み合わせ、ハイブリッドなシステムとして活用しようという考え方だ。D-Waveの量子ビット数が少ない現状では、最も現実的なアプローチと言える。

エアバスによるフォルトツリー解析の概要
(出所:“Qubits Europe 2018” エアバスのプレゼン資料)
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