病気やけがをしたら、病院に行く──。我々日本人にとって「当たり前」なことが通用しない国や地域が世界にはたくさんある。そんな場所にあえて身を置くことで、日本に居ては決して思いつかないイノベーションを生み出す。パナソニックはそれを今、インドで実践中だ。

 最新のITを駆使したイノベーションの集積地といえば、米シリコンバレーを挙げる人が多いだろう。パナソニックもシリコンバレーにイノベーション拠点を構えている。

 ただし、日本や米国、欧州といった先進国は、生活に必要なものが広く家庭に行き渡り、その先に顧客が求めるものやサービスを見つけ出すのは容易ではない。

インドは街中、困り事だらけ

 対照的に、インドは「街中、困り事だらけ」。パナソニックインド(以下、パナインド)の元家淳志インドイノベーションセンター事業創造総括/ゼネラルマネージャーはそう語る。

 インドイノベーションセンターはパナソニックが2017年4月に、インドのタタ・グループ傘下のIT企業であるタタ・コンサルタンシー・サービシズと共同で設立した、新規事業の開発拠点だ。

パナソニックインドの元家淳志インドイノベーションセンター事業創造総括/ゼネラルマネージャー(右の男性)と、北畠未来インドイノベーションセンター事業企画/シニアマネージャー(中央の女性)
[画像のクリックで拡大表示]

 パナインドが最初にイノベーションのターゲットに据えたのは、中・低所得層の人たち。約13億人もの人口を抱えるインドには、中・低所得層だけで9億人ほどいるともいわれる。日米の人口を足したより大きな市場だ。

 しかも、人種のるつぼといわれるインドには多種多様な民族が暮らし、独自の言葉や慣習が無数に存在する。まさに多様性の宝庫である。日本国内の開発拠点に居ては決して想像つかないイノベーションのヒントが、あちこちに転がっている。

 インドでIT事業というと、理数系に強い地元の優秀なエンジニアを起用したソフト開発やアウトソーシングなどを連想する読者が多いかもしれない。だがインドイノベーションセンターの役割は全く違う。インドで困り事を見つけ、新規事業を創出し、将来的には利益を上げられるサービスに育てる。そして、同じような困り事を抱える人たちが暮らす世界中の国や地域に広げていく。

 そうしたなか、インドイノベーションセンターが狙いを定めたのが、貧困に苦しむ中・低所得層の人たちだった。お金持ちとは程遠く、劣悪な環境で生まれ育った彼ら彼女らは「病気になっても病院に行く習慣」がほとんどない。「そんなはずはないだろう」と日本人は思うかもしれないが、それがインドの現実というのだから驚きである。

インドの非都市部に暮らす人たち。貧しい生活でもスマホを持っている人は多い
(出所:パナソニック)
[画像のクリックで拡大表示]

 では病気になったら、どうするのか。処方せんがなくても買える薬を飲むか、どの街にも必ずいるという祈とう師のような人にお伺いを立てたりする。ある種の民間療法である。だが残念ながら、それで完治するはずもなく、病気やけがで亡くなる人が後を絶たない。特に感染症がはやると危険だ。

 それでも貧困層の人たちは病院に行かない。診療代が支払えないといった金銭的な問題もあるのだろうが、「病院に行ったことがなく、行くのが怖いと話す人が多い」。インドイノベーションセンターの北畠未来事業企画/シニアマネージャーは現地の実情を生々しく語る。

 貧困層の人たちにも、病気になったらきちんと病院に行き、医師に診てもらって適切な処置を受けてほしい。パナインドの社内に「この問題(困り事)を解決したい」と手を上げた社員がいた。彼の発案にパナインドのマニッシュ・シャルマ社長(パナソニック本社の執行役員でもある)も同意。すぐに中・低所得層が大半を占める「非都市部」で医療プロジェクトをスタートさせた。ローカル社員の熱意が会社を動かした。

パナソニックインドのマニッシュ・シャルマ社長(左)と、非都市部医療プロジェクトの発案者である現地社員(右)
(出所:パナソニック)
[画像のクリックで拡大表示]

 世界中に点在するパナソニックの拠点のなかでも、こうした医療プロジェクトは前例がない取り組みである。成功するか、誰にも分からない。それでも、先進国とは全く「常識」が異なる場所から生まれたアイデアこそが、真のイノベーションにつながる可能性を秘めていると、パナソニックは本気で考えている。

この先は有料会員の登録が必要です。今なら有料会員(月額プラン)は12月末まで無料!

日経 xTECHには有料記事(有料会員向けまたは定期購読者向け)、無料記事(登録会員向け)、フリー記事(誰でも閲覧可能)があります。有料記事でも、登録会員向け配信期間は登録会員への登録が必要な場合があります。有料会員と登録会員に関するFAQはこちら