「異能」ともいえる際立った能力や実績を持ち、周りから一目置かれるエンジニアを1カ月に1人ずつ取り上げ、インタビューを掲載する。今月取り上げるのは、ポケットチェンジで新サービスの開発責任者を務める深町英太郎氏。Common Lispというプログラミング言語を得意とし、多くのオープンソースソフトウエアを公開していることで知られる。今回は、Common Lispに出合った経緯を中心に聞いた。

(聞き手は大森 敏行=日経 xTECH/日経NETWORK)


前回から続く)

 プログラミングを始めたのは18歳、大学に入ってからです。始めたのはそれほど早くありません。2006年に理工学部の情報科学科に入学しました。

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 情報科学科を選んだのは、そもそもプログラミングをやりたいと思っていたからです。理由はWebの原体験です。中学生の頃に病気になって学校に行けなくなったときに、家に引きこもってゲームをしたりしていました。

 友達と会う機会もなく孤独を感じていました。そんなときにWebに自分のことを書いて他の人が読んでフィードバックをくれるのが自分にとっての救いでした。そこでWebサービスを作りたいと思い、そうしたことができる大学に入ったのです。

 大学では実技の授業はそれほど多くありませんでしたが、プログラムを書く授業ではC言語、Java、Standard MLの3つの言語を使っていました。手続き型とオブジェクト指向と関数型のそれぞれを満遍なくやらせようという意図だったと思います。個人的にはPerlを書いていました。大学に入ったと同時に個人でも書き始めた感じです。

 大学3年くらいから手嶋屋というPHPの会社でアルバイトを始めました。そこで働くうちに、プログラマーができそうだなと思って大学を中退しました。中退したのは大学が面白くなかったのと、学術的なテーマについていけなかったという事情もあります。それよりもサービス寄りのことがしたいと思っていました。

ポール・グレアムのエッセーでLispと出会う

 Lispという言語があることを知ったのが20歳、大学2年くらいのときです。Perlを学んでいたので伊藤直也さんのはてなダイアリーを読んでいました。そのサイトでポール・グレアムのエッセー集「ハッカーと画家」を紹介していました。その中の「普通のやつらの上を行け」というコラムに「Lispはすごい」という話が書かれていたのです。

 そこで大学の図書館に行ってLispの本を探して読んでみたりしました。また、その頃はScheme(Lispの一種)の処理系であるGaucheがはやっていました。「プログラミングGauche」という書籍がちょうど出た頃で自分も読んでみました。僕が最初に触ったLispはSchemeかもしれません。

 手嶋屋でもGaucheを使ったWebアプリケーションフレームワークであるKahuaでプロダクトを作ったりしていました。その後はClojure(Java仮想マシン上で動作するLispの一種)を触っていました。手嶋屋ではClojureでもマイグレーションツールを作ったりしていました。

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