「異能」ともいえる際立った能力や実績を持ち、まわりから一目置かれるエンジニアを1カ月に一人ずつ取り上げ、インタビューを掲載する。今月取り上げるのは、もなみ屋という自身が設立した会社を持つ邑中雅樹(むらなかまさき)氏。TRON関連の組み込み技術者として知られていたが、現在は活躍するフィールドを仮想通貨に移している。今回は、最初に設立した会社が倒産した経緯やそこから復活できた理由などを聞いた。

(聞き手は大森 敏行=日経 xTECH/日経NETWORK)


前回から続く)

 TRON系のベンチャー企業に移った当時は、OSがWindows NT 3.51から4.0の時代でした。その一方でパソコン向けTRONであるBTRONのオープンソース版の「B-Free」というプロジェクトがあり、私はその開発に参加していました。その頃にはもうBTRONは下火になっていましたが、「オープンソースとしてなら開発できるのではないか」という人たちがいたのです。そこに横から入っていって手伝っていました。

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 その頃、オープンソースとは別に、BTRONを使ってインターネット接続のセットトップボックス(STB)を作ろうとしていたベンチャーがありました。ちょうどインターネットブームに差し掛かっていて、STBの需要があるに違いないという話になっていたのです。そこで1998年に設立されたのがセネットというベンチャー企業です。

 音頭を取っていたのは、以前、三菱電機の米国法人で社長および会長を務めていた山口義人さん。エンジニアではなくマーケティングが得意な人で、とても広い人脈を持っています。

 その会社が「オープンソースでBTRONを開発している人たちがいるらしい」と聞きつけて、「こっちに来て開発しないか」と声をかけてきました。そこで私を含めB-Freeの開発者の一部がそのベンチャーに移りました。

 当時、働いていた派遣会社では、受託開発のチーフがそろわないので札幌から相模原の本社に戻って来いという話になっていました。そこで、東京に帰ってくるのを機に、前の会社をやめてセネットに入社しました。

 山口さんは様々な人から人望があり、人脈もある方なので、ベンチャーキャピタルを除いても2億円くらいの資金が集まりました。しかし、開発を始めるとなかなか思うように進まなかったうえに、会社が米国人の悪いコンサルに捕まってしまいました。いろいろなトラブルが起こり、結局、2年で2億円を使い切って2000年に最終的にクローズすることになりました。

IPAの未踏事業を機に起業

 次にIPA(情報処理振興事業協会、現在の情報処理推進機構)が2000年に始めた未踏ソフトウェア創造事業(以下、未踏)に関わりました。組み込みで有名な名古屋大学の高田広章先生に、リアルタイムOSのITRONについて相談していたときに、「今度、未踏事業というのをやるんだよ。応募してみないか」という話をいただきました。

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