「異能」ともいえる際立った能力や実績を持ち、周りから一目置かれるエンジニアの素顔に迫る。今月は、IoT(インターネット・オブ・シングス)を利用した人工知能(AI)ベンチャー「Idein(イデイン)」の創業者である中村晃一氏。多くの参加者を集め半ば伝説と化した「圏論勉強会」の講師としても知られる。今回は、コンピューターとの出会いから圏論と関わるようになった経緯、Ideinの創業に至るまでを聞いた。

(聞き手は大森 敏行=日経 xTECH/日経NETWORK)


前回から続く)

 コンピューターと出会ったのは、幼稚園か小学校1年生くらいの頃です。私の父は研究者で、母は看護師です。母が夜勤のときに、私は父親の研究室に入り浸っていました。研究室に行くとパソコンがあり、それでゲームをしていました。

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 家にもMacintoshがあり、絵を描いたりダンジョンゲームをしたりしていました。小学校のときにはパソコンクラブで、HTMLでWebページを作ったり簡単なゲームを作ったりしていました。小中高時代はパソコンよりも機械工作や電子回路のほうが好きでした。ミニ四駆を改造したり、工作キットを買ってきて改造したりしていました。

 プログラミングは小中高ではあまりやっていなくて、本格的に始めたのは大学のときです。

 高校の科目では数学、物理、化学が好きでした。入ったのは東京大学です。教養課程のときは理学部を目指していて、大学1年のときに物理学研究会というサークルに入りました。他にはエレクトーンのサークルにも入っていました。

 物理学研究会では、東大の文化祭である「駒場祭」に向けてみんなで論文を書きます。私は当時、天体シミュレーションをやろうとしていました。自分のノートパソコンにLinuxを入れて、CかC++で天体シミュレーションのコードを書き、駒場祭向けの論文を書きました。それが本格的にプログラミングをやり始めたきっかけです。なので最初は科学計算から入りました。

 そのプログラムは完成しましたが、普通のパソコンだと星の数を増やすと絶望的に遅くなるということに気づきました。普通は天体シミュレーションはスーパーコンピューターでやるということも知りました。

 効率良く計算するためにいろいろ本を読んで勉強し、アルゴリズムや計算量という概念を知りました。当初は物理系や天文系の学科に進みたくて手段としてパソコンを触り始めましたが、いつの間にかそちらが好きになっていました。

 その結果、理学部 情報科学科(理情)に進みました。エレクトーンのサークルに理情の学生がたくさんいたこともあります。先に理情に進んでいた先輩から話を聞いて面白そうだと思いました。

 東大の理情には、3年生の後半に「CPU実験」という名物授業があります。FPGAでCPUを作る人、FPU(Floating Point Unit)を作る人、コンパイラを作る人などが分担して、レイトレーシング(光線追跡法)を使った3次元グラフィックスのプログラムを動かします。その授業で私はコンパイラを担当しました。それがコンパイラを研究し始めたきっかけです。

 CPU実験は、夏休みが明けてから始まります。半年間それにかかりきりになるほど面白い授業です。名物授業なので、あることは前から知っていました。

 どの学生も前年の先輩の性能を抜きたいという野望を抱きます。そこで、当時仲が良かった友人と夏休み前から2人だけで準備を始めました。彼はハードウエアに強かったので夏休み中にCPU側を作り、私はコンパイラを作っていました。

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