「異能」とも言える際立った能力や実績を持ち、周りから一目置かれるエンジニアの素顔に迫る。今月は、ヤフーのスーパーコンピューター「kukai」の開発を主導した角田直行氏。コミュニティー活動にも積極的で、月に1回の勉強会を15年近く続けている。今回は、ニュースサイトを運営することになった経緯やコミュニティー活動などについて聞いた。

(聞き手は大森 敏行=日経 xTECH/日経NETWORK)


前回から続く)

 最初に入った会社で組み込み系の開発に携わった後の2002年ごろは、案件がなくて社内待機になりました。いわば社内ニートのような状態です。プログラミングの勉強をしながら次の案件を待っていました。

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 勉強がてらにシステムを作ろうと思い、Javaを勉強しました。Javaをやろうと思ったのは、当時はやっていたからです。「コアJava」という分厚い本を毎日持ち歩いて読んでいました。

 勉強のためのシステムですから、自分が好きなものを作れます。そこで情報共有のシステムを作ることにしました。それが、後にニュースサイトを運営するようになるのにつながりました。

 当時、興味があった技術の1つがRSSです。Perlプログラマーとして有名だった宮川達彦さんが運営していた「Bulknews」など、幾つかのニュースサイトがRSSを利用していました。自分もRSSに対応してニュースを表示するJavaベースのWebシステムを作っていました。

 当時は日韓ワールドカップがあった2002年です。ワールドカップが始まろうかという時期に数カ月、仕事がなくなりました。加えて、自分は仕事中に寝たりしていて社内的に勤務態度があまり良くありませんでした。そうしたこともあり、面談で「ネットワークの保守に戻るか会社を辞めるかどちらか選びなさい」と言われてしまいました。

 自分はネットワークではなくてシステム開発をやりたかったのですが、それを強く希望するなら解雇処分になるとのこと。結局、「解雇だと職歴に傷が付くので、退職勧奨という形式で進める」という話になりました。

 自分はシステム開発をやりたかったので仕方がないと思い、2002年夏前に会社を辞めました。ブランク期間ができたおかげで、ワールドカップの試合を何試合か生で観戦することができました。

先進フレームワークを先駆けて採用

 ハローワークに行くなどして転職活動をしていました。そうして転職エージェントに紹介され、2002年夏に次の会社に入社することになりました。Webマーケティングを専門に手掛ける会社で、今では上場しています。

 その会社は製品や企業をWebでマーケティングすることを売りにしていました。このため、マーケティングの一環として顧客企業のWebサイトの制作や改善、Webシステムの開発などを手掛けるシステム開発部門がありました。私はそこに配属されました。

 そこでPerlのCGIベースのWebサイトやJavaのWebシステムを開発していました。当時はまだPerlのCGIが主流で、大規模なシステムになるとJavaを使うという感じです。前職で「コアJava」を読んでいたり社内システムをJavaの勉強で作っていたりしたので、入社当時はJavaを使いたいという希望がありました。しかし、Perlも主流だったので、そのときにPerlを覚えました。

 Javaのシステム開発では、当時は1.0にもなっていないSpring Frameworkを採用したり、まだバグが残っていたHibernateを採用したりしていました。その後デファクトスタンダードになったSSH(Struts、Spring、Hibernate)という3つのフレームワークを先駆けて選定したという自負があります。

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