4月の東京ディズニーランド開園に沸いた1983年。任天堂の家庭用ゲーム機「ファミリーコンピュータ」が登場したのもこの年だ。IT業界に目を向けると、アスキーと米マイクロソフトが提唱した家庭用パソコンの統一規格「MSX」が話題をさらった。

アスキーと米マイクロソフトが策定した家庭用パソコンの標準規格「MSX」の狙いを解説する日経コンピュータ記事。都市銀行による「第3次オンラインシステム」の開発も加速していた
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 MSXは本体価格が数万円程度と安価に購入できる家庭用8ビットパソコンの統一規格だ。ハードウエアとソフトウエアの両面で詳細な仕様を定めた。ソフトを格納するROMカードリッジの仕様に互換性を持たせ、異なるメーカーのハードで同じソフトを利用できるようにした。

 この時期、多くのメーカーが独自仕様のパソコンを販売していた。NECとシャープの2強向けにはソフトがたくさん発売される一方で、ほかのメーカーのパソコンはソフトが出そろわず、パソコン自体が売れない悪循環が続いていた。

 そこで当時、IT業界のけん引役として雑誌事業だけでなく、ソフトや周辺機器の販売も手掛けていたアスキーがどのソフトも各社のパソコンで稼働できるよう、マイクロソフトや大手家電メーカーと組んでMSXをぶち上げた。

 アスキーとマイクロソフトが1983年6月16日にMSXの計画を発表した直後、1週間もたたないうちに日本ソフトバンク(現ソフトバンクグループ)の孫正義会長(当時)が猛反発した。当時はソフト流通を本業としていた孫氏はMSXとは別の「公正中立かつ国民経済観点からの規格統一」を提案。アスキーと対決する姿勢を見せた。

 当時の日経コンピュータはこの争いについて、アスキー創業者で当時はマイクロソフト副社長でもあった西和彦氏(当時27歳)と孫氏(当時25歳)の「神童対決」と報じた。「昭和31年生まれの西氏と、同32年生まれの孫氏は現代が生んだ宿命のライバル」「2人の周囲も、お互いに性格的に相いれないものがあるという見方で一致する」「西氏本人もウマが合わないことを認めている」などと誌面で紹介した。

 後に西氏が孫氏を説得し「MSXで統一」という案で和解が成立した。NECやシャープにパソコン開発で先行されていたメーカーはMSXを歓迎。松下電器産業(現パナソニック)やソニー、東芝といった大手家電メーカーを中心に様々なメーカーからMSXに準拠したパソコンが発売され、世界で500万台以上を出荷した。子供でも手が届く価格でありながら本体だけでプログラミングができるMSXは、数多くのパソコン少年を生み出した。

世の中の主な動き
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