三洋証券、北海道拓殖銀行、山一証券などそれまで「護送船団方式」によって守られていると信じられていた大手金融機関が相次ぎ経営破綻した1997年。金融不安が吹き荒れていた日本だが、IT業界だけは別の熱風が吹いていた。米マイクロソフトの企業向けOS「Windows NT」が爆発的に普及し、「NTフィーバー」と呼ばれるまでになっていたのだ。

 マイクロソフトがサーバーOS市場に参入したのは「Windows NT 3.1」を発売した1993年のこと。日本では安定的に動作するようになった「Windows NT 4.0」が1996年12月に発売されたのをきっかけに、1997年に入ってNTが普及し始めた。

当時の日経コンピュータ誌面
基幹系への安易なNT導入に警鐘を鳴らした
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 NTフィーバーを牽引したのは当時のユーザー企業が進めていた「Windows 95」パソコンの大量導入だ。ファイルサーバーやメールサーバーの構築にWindows 95と親和性の高いNTサーバーが選ばれた。それまでファイルサーバーといえば米ノベルの「NetWare」の独壇場だったが、急ピッチでNTが置き換えていった。米ガートナーの調査によれば1995年時点のサーバーOS世界シェア(数量ベース)はNetWareが30%超でNTサーバーは20%程度だったが、1997年にはNTサーバーが40%超、NetWareが20%未満と逆転した。ノベルの売上高は1997年までの3年間で半減した。

 自信をつけたマイクロソフトは基幹系への進出ももくろむ。同社の幹部は日経コンピュータに対して「これまでUNIXサーバーや超並列機が担っていたミッション・クリティカル・システムに進出する」と豪語していた。

 しかし当時のNTサーバーは基幹系を担うのに必要な信頼性をまだ備えていなかった。日経コンピュータは特集「NTバブルの危機」を掲載し、NTサーバー用のトランザクションモニターや運用管理ソフトなどミドルウエアの実績が不十分である点や、マイクロソフトによるユーザーサポート体制が貧弱である点を指摘。安易な基幹系への導入に警鐘を鳴らした。

1997年の主な動き
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