1985年(昭和60年)、政府の通信自由化政策により日本電信電話公社が民営化され、日本電信電話(NTT)が発足。日本におけるICT市場の土台を築いた。

新社章「ダイナミック・ループ」の除幕を終えた真藤恒社長(当時)
写真:毎日新聞社/アフロ
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 先進5カ国の蔵相と中央銀行総裁が円高・ドル安への誘導に合意したのは1985年9月のことだ。「プラザ合意」である。金利引き下げから株高、地価上昇、さらにバブル景気へとつながる日本経済の転換点となった。

 約半年前の4月、日本のICT(情報通信技術)の一大転換点となる出来事が起こった。日本電信電話公社(電電公社)の民営化だ。115年にわたる官営、公営の独占時代が終わり、日本電信電話(NTT)として再出発した。

 民営化により、企業向けのOA機器導入やLAN敷設、業務システム構築といった情報サービス事業を独自に展開できるようになった。1988年のNTTデータ(当時はNTTデータ通信)、1991年のNTTドコモ(同NTT移動通信企画)の発足にもつながった。一方で通信サービスの新規参入事業者との競争にさらされる状況を招いた。

 NTT発足に伴う通信自由化により、利用者は好きな電話機を選べる代わりに故障の際は修理代を取られる―― 。民営化初日の4月1日、日本経済新聞の朝刊にこんな記事が載った。電電公社時代、各家庭は電話機をレンタルするのが普通だった。「黒電話」である。電話機を自由に購入できるようになったのは民営化の象徴と言える。

新電電が参入、競争激化

 通信自由化の結果、新たな通信事業者が参入し、電話や通信の料金やサービスの競争が始まった。NTTに続いて日本テレコム(現ソフトバンク)、第二電電(現KDDI)、日本高速通信(同)が相次ぎサービスを開始。各社は「新電電」と呼ばれ、市外電話から企業向けの専用線通信、LAN、PBX(構内交換機)まで様々なサービスを手掛けてNTTに挑んだ。

 独占体制から自由競争に移行し、NTTの現場には戸惑いが広がっていたようだ。4月1日付の日本経済新聞は営業担当者のドキュメンタリーを掲載。NTTの担当者が営業のノルマを課され、悪戦苦闘する様子を紹介していた。

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