少し前、筆者はパワーハラスメントを致しません、と記した誓約書に判を押し、提出した。5年ほど前から続けている、ある仕事の依頼主からの要請であった。

 年に1回あるその仕事は筆者の本業ではなく、社外で実施する。勤務先から指示があって引き受けた仕事で、勉強になるため続けてきたが、誓約書を取られたのは今回が初めてであった。

 送られてきた資料にはパワーハラスメントの説明が書かれていた。それを読み、そうしたことはしないと印刷された書類に署名し、判を押して送り返せという。気が短いので説明を読んでいるうちに不愉快になり、誓約書を出さずに捨ててしまおうかと思ったのだが、それは大人げないと思い返し、言われた通りにした。

 同封されていた手紙を読み直すと、その仕事先で今年、パワーハラスメントの問題が起きたと書いてある。再発しないように誓約書の提出を求めるという。手紙を読んで「問題を起こしたのは俺ではない」とまた腹を立て、まもなく行う年1回の仕事のときに送られてきた資料に書いてあったパワーハラスメント行為をしてやろうかと考えたが、気が短いだけではなく小さいのでそういうことはしないはずである。

 なぜ面白くない気分になったのか考えてみると、パワーハラスメントを自分はしたことがないし、今後も絶対にしない、と思い込んでいるからである。一度もしたことがないのに、「今後しません」という誓約書を書くように命じられたから気分を害したわけだ。

 パワーに限らず、いわゆるハラスメント行為をした経験はない。今後も絶対しない。こう書くと歯切れがよいが、気負って「絶対」と書いたからといってその通りだとは限らない。例えば10代の少女アイドルに夢中になることなど、ハラスメントと同じくらい絶対にしないと確信していたが4年ほど前、もろくも崩れたという事実がある。

「自分は過去にハラスメントをしていないか」

 仕事を始めて33年経ち、定年が近づいてきた。過去を振り返って今で言うパワーハラスメントをしていないかと自問自答すると「一度もない」と胸を張りたいがそうとは言い切れない。

 先の説明書を読むとかつては当たり前に近かったと思えることがいずれもハラスメント行為として例示されており、「こんなことも駄目ですか」とつぶやいてしまった。自分としてはまったくその気がなくても「谷島からハラスメントを受けた」と恨んでいる同僚や後輩がいるかもしれない。

 30年以上前のことは時効だと思うので書くが、編集の現場はもともと粗っぽい所であり、締め切りが近づくと編集部が殺気立ってくるのが常だった。

 原稿が書けなくなり自宅にこもってしまった記者にデスク(記者の原稿を査読する人)が電話をかけ、留守番電話に「そこにいるだろう。分かっているぞ。早く原稿を持ってこい」と吹き込む。締め切りに大きく遅れた記者を机の前に立たせ、「今日は何日だ、言ってみろ」と怒鳴るデスクがいる。

 最も印象に残っているのは何度か書いたことがあるが紙吹雪である。原稿の出来が悪かったらしく、デスクが原稿用紙を細かく引き裂き、それを書いた記者の頭に向かって投げつけた。紙吹雪を拾い集めながらその記者は「私の話も聞いてください」とデスクに懇願していたが、当のデスクはそっぽを向いたままだった。

 「若い頃、こんな苦労をしたものだ」とうれしそうに話すベテランのようになってきたが、言いたいのは上記の光景は当たり前とまでは言わないが、しばしばあったということだ。そのほうがよいというつもりはない。

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