「あのね、僕は記者の皆さんが物事の背景を知っておくとよいかと思っていろいろお話するわけ。まあ、そういうことですから」

 1990年かその前あたりであったか、三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)の岸曉氏(当時専務)から叱られた。その数カ月前、あるコンピューター販売会社の懇親会に出たところ、岸氏が来ており初めて名刺交換をした。

 なぜそうなったのか覚えていないが、岸氏は米IBMの大型汎用機を安く買った経緯を熱っぽく話してくれた。米国のリース兼再販会社を利用したという。当時の米国にはIBMからコンピューターをまとめて買い、残価を見込んで通常より安くリースで提供する企業があった。残価とはリースから戻ってきたコンピューターを別の企業に再販する際の価格である。

 三菱銀行は利用する汎用機をIBM製で統一しており有力なIBMユーザーだった。そこの専務が「IBMの汎用機をもっと安く買う方法はある」と公言した。早速、岸氏の実名を入れて日経コンピュータの記事に書いたところ物議をかもした。

 しばらくしてまたとある懇親会で岸氏を見かけたので話しかけた。「先日は」と挨拶したところ、冒頭のように言われてしまった。「叱られた」と書いたが声を荒げた様子はなかったし「書かないでくれ」とも言われなかった。もっとも「あんたねえ、ああいうこと書いたらどうなるか、分かるでしょ」という顔をされていた。

10年後に再会、考えておいた質問をぶつける

 それから9年か10年経ち、東京三菱銀行(当時)の頭取になっていた岸氏とまた話ができた。記者会見に岸氏が出てくると聞いたので出かけ、会見終了後に駆け寄って日経コンピュータの名刺を再び渡し「あのときはどうも」と挨拶した。

 都市銀行の頭取に会う機会はめったにないので考えておいた質問をぶつけた。「御行の情報システム部門をどう自己評価していますか」。20年以上経ったが岸氏の回答とその時の表情は今でも鮮明に覚えている。

 記者会見の時はずっと険しい顔をしていた岸氏だったが、にっこり笑うと「最強」と一言だけ答え、去っていった。

 2000年7月、日経コンピュータは創刊500号を迎え、その記念号の特集を副編集長として担当した。会長になっていた岸氏に取材を依頼したところ快諾してくれた。インタビュー記事の題名は「最強のシステム部門をこう作った」とした(本記事の文末に当時のインタビューを再掲)。

日経コンピュータ2000年7月17日号「インタビュー」より
(写真撮影:寺尾 豊)
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 それから19年、2019年11月21日に岸氏の訃報に接した。500号を引っ張り出し、インタビュー記事を再読した。19年経っても示唆に富む発言の数々だと思う。

 写真も感慨深い。大変失礼ながら岸氏は黙っていると怖い顔の人であった。500号は記念号だったから笑顔の写真だけを選んで掲載した。

 雑誌が発行された後、東京三菱銀行の役員から電子メールが来た。「もう笑いっぱなしですね。あんなに機嫌のよい岸を今まで見たことがありません」。

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