「近代日本の歩みはすべて才能扼殺の上に築かれてきた」。

 ある本を読んでいて上記の一文に接し、ぎょっとした。この一文から「日本のIT産業はなぜ技術者の『才能』を殺すのか」という今回の題名を思いついたが、もともとの文では「すべて」と書いてあったからIT産業に限った話ではない。

 冒頭の一文が出てきた記事の題名は「才能を尊重せよ」。批評家・演出家であった福田恆存氏の著書『私の演劇敎室』(新潮社)に収められている。初出は今から60年前の昭和34年(1959年)であり、筆者が生まれる前年に書かれたものだ。

 筋が通った文章を常に書いてきた福田氏には珍しく、「才能を尊重せよ」は話の流れが分かりにくい。だが引用した一文と題名が気になり、抜き書きをしながら繰り返し読んでみた。

 以下では抜き書きした箇所を紹介しつつ関連するIT産業の話を書いてみる。原文は正字正仮名で書かれているので踏襲する。ただし「尊重」の「尊」の正字はPCで表示できなかったのでそのままにした。

仕事でモノを言うのは才能である

 「才能を尊重せよ」は60年前の「新規事業」に従事していた知人の依頼を受けて福田氏が書いたものだ。新規事業とは民間放送、具体的にはテレビ・ラジオを指す。60年後の今、IT産業やインターネット産業に置き換えて読める。

 まず、題名であり結論である「才能を尊重せよ」という主張を紹介する。

 「企畫制作にたづさはるものは(中略)つねに理想と現實の兩極に引裂かれながら仕事を進めねばならない」。

 こうした例はいくらでも挙げられるだろう。ITで社会に資する新事業をやろうとしてIT産業界に入ったものの、食うためとはいえ面白くはない受託開発や派遣の仕事をする日々が続く。新しいITを使って顧客の現場が喜ぶシステムを提案しようとしたが顧客の上層部と勤務先の大人の事情でごく一般的なシステムを開発することになった。

 こうした「理想と現實との間の隙間」をどう埋めたらよいのか。福田氏は明快である。

 「實行で埋めたほうがいいに決つてゐる」。「さうなつて來てモノをいふのは『才能』といふもの以外にはない」。

 なるほどと思うが才能とは何だろうか。

 「新しい企業であるといふことは、私たちはまだその『才能』をもつてゐないといふことであり、それが如何なるものか発見さへしてゐないといふことである。それを見出し作るのが何より大事なことだ。『才能』といふのは、いひかへればそれを自分のものにするといふことである」。

 ITやインターネットと一口に言ってもいろいろな技術がある。プログラミングもあればネットワーク設計もある。そうした技術を自分のものにする。

 才能があれば食うための仕事の傍ら、新たな仕事もできるだろうし、大人の事情を分かったふりをして実際には顧客の現場のためのシステムを作ってしまうこともできるだろう。

 そういう才能がある人を尊重しなければならない。

 「經營者は他の媒體經營よりも、さらに『才能』に酬いる手段をとらねばならない」し、仕事をする人は「お互い同士、何よりも『才能』を尊重し合はなければならない」。

 IT企業の経営者は抱えている技術者の才能に応じて、しかるべき報酬を用意しなければならない。設計にせよ、プログラミングにせよ、できる人の生産性はそうではない人の何十倍にもなるという。

 技術者同士も「彼の書いたプログラムは見事である」「彼女の設計を見習うべきだ」と互いに敬意を払わなければならない。

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