2025年大阪万博の開催が決定した。会場計画のアドバイザーを務めた建築家、豊田啓介氏のインタビュー(「大阪万博はラストチャンス」、2025年の招致会場計画アドバイザーが熱く語る新都市像
)に続いて、今回は企画の立案時からのキーマンである建築史家、橋爪紳也氏(大阪府立大学教授)に話を聞く。橋爪氏は大阪府と大阪市のともに特別顧問として、大阪への万博誘致案の企画立案に深く関わり、経済産業省の専門アドバイザーとしてコンセプトや会場構成案作成の中心になった。少年時代、1970年大阪万博に大きな影響を受けて建築・都市の分野を志した橋爪氏だが、2025年の誘致案作成の過程では“70年万博の幻影”に苦しめられた。

橋爪紳也(はしづめしんや)氏。大阪府立大学大学院経済学研究科教授/大阪府立大学観光産業戦略研究所長。1960年大阪府生まれ。建築史家。専門は建築史・都市文化論。著書に「倶楽部と日本人」「明治の迷宮都市」「化物屋敷」「祝祭の『帝国』」「日本の遊園地」「飛行機と想像力」「絵はがき100年」「創造するアジア都市」「『水都』大阪物語」など。手にしているのは、誘致活動で使ったクリアファイル。「もうこれを配らなくてもよくなる」と笑う(写真:日経アーキテクチュア)
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──開催が決まって、どんなお気持ちですか。

 ほっとしています。孤立無援ともいえるような闘いが続いていましたから(笑)。

──どういう段階から関わっているのですか。

 4年前に大阪府の副知事から、「大阪府として2025年の万博誘致に向けて検討したい。どのように進めたらよいか」と相談を受けました。初めは私と大阪府の職員2人でスタートしました。

──えっ、たった3人ですか。

 ええ。その段階ではパリが手を挙げそうだ、ということが分かっていました。BIE(博覧会国際事務局)のルールで、ある国が手を挙げたら半年以内に同じ年度に開催したい国は立候補しなくてはならない。だから、いつが期限になるかは分からないけれど、とにかく手を挙げられるように準備をしなければならなかったのです。

 万博が難しいのは、オリンピックは都市が立候補するのだけれど、万博は政府が手を挙げる。だから、まずは大阪府としての考えをまとめ、国に賛同してもらって、誘致に動いてもらわなければならない。

──それは先が長い話ですね……。どんなところから方向性をまとめていったのですか。

 専門家や経済界の人に入ってもらいながら、最初の大阪府案の考え方をまとめました。それは「健康」や「長寿」をテーマにした博覧会にしようというものでした。大阪はライフサイエンスが盛んで、iPS細胞の研究などにも力を入れているし、そもそも製薬会社が多いからです。

 開催地の候補は夢洲(ゆめしま)を含めて6カ所くらいありました。夢洲という場所は、国際観光拠点を目指すと同時に、超スマート社会の新しいモデル都市にするという目標があったので、ここがいいんじゃなかろうか、と。まとまった広さがあり、他の候補地に比べるとインフラの条件もいい。夢洲は大阪府ではなく大阪市の土地なので、大阪市とも連携して進める流れになりました。

夢洲の会場イメージ。約155haの土地の中心部にパビリオンなど、南側水面に水上施設など、西側緑地にアウトドア施設などを整備する(資料:経済産業省)
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──今さら万博か、という否定的な声もあったのでは。

 そうですね。万博をやるというと、大阪では1970年大阪万博のことを想起される方が多いんですよ。最近の国際博覧会を知らない人ほど、1970年万博と同じことをやっても仕方がない、とおっしゃる。私は、近年の万博の変化と動向を知っていますから、それを各所で説明して回りました。

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