まもなく元号が平成から令和に変わる。日本は今、過去(平成)を振り返り未来(令和)に思いをはせる節目の時期を迎えている。実はそうした大きな節目に隠れて目立たないが、昭和末期から平成初頭にかけてITベンダーが抱え込んだ「負の遺産」にも節目の時期が訪れているのだ。

 負の遺産とは、企業が大量採用した「バブル世代」の社員である。大卒のバブル世代の全員が2019年中に50代になるのだ。「人を負の遺産と呼ぶのはけしからん。不愉快だ」と怒る読者も当然いるかと思うが、あえて負の遺産という言葉を使わせてもらう。日本企業、特にITベンダーの経営に負の影響を強く及ぼしたからだ。

 日本がバブル景気に沸いた時期は1986年(昭和61年)12月から1991年(平成3年)2月まで。バブル入社組は少しずれて1988年度から1992年度に入社した人たちである。大卒ならば最も若い人でも2019年12月には50歳になる。

 いやぁ、バブル期は異様だった。土地や株式がバカみたいに上がり、ついでに「ジャパン・アズ・ナンバーワン」などと言われて日本人の思い上がりも頂点に達した。で、このうたげが今後も続くと信じた日本企業は大量の新卒採用を続けた。これにより多くの日本企業でバブル世代が形成されたわけだ。

 特にIT業界の新卒採用の意欲はすさまじかった。大手ITベンダーなら1000人以上の採用は当たり前。デジタルブームで技術者不足が突如として顕在化した今も「空前の技術者不足」などと称するが、厳密に言うとこれは嘘だ。空前とは「今までに一度も無かった」という意味だが、バブル期の人材不足・技術者不足のほうが今よりすさまじかった。

 節目の時期であると示すために大卒のバブル世代に限定して書いてきたが、当時のITベンダーは高等学校やIT系専門学校の卒業生も囲い込もうと必死。大手なら全国各地に採用の受け皿となる子会社を設立したりした。もちろん理系学生だけでは採用枠は埋まらないから、文系学部の出身者も大歓迎だった。

 実は日本のIT業界にとって不幸なことに、ある動きとバブル期のタイミングが重なってしまった。ある動きとは、SIerの成立とIT業界の多重下請け構造の形成である。SI(システムインテグレーション)がITベンダーの新ビジネスとして注目され始めた時期がちょうどバブル期だったのだ。

 既に察しの良い読者はピンと来たと思うが、大手ITベンダーをはじめとするIT業界がバブル期に大量の人員を抱え込んだことが、その後にIT業界が人月商売にのめり込む大きな要因の1つとなった。特にSIerと化した大手ITベンダーにいるバブル世代の存在が、IT業界全体に及ぼしたマイナスの影響は大きい。まさに負の遺産である。

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