イタリア・ジェノバ近郊で高速道路A10号の「ポルチェベーラ高架橋」が落橋したのは2018年8月14日のこと。約4カ月が経った12月15日、現場では橋の解体準備が始まったものの、今なお落橋の原因や崩壊の過程は特定されていない。橋の構造やデザインに詳しい関文夫・日本大学教授の仮説に基づく崩壊過程のCG映像を基に、43人もの犠牲者を出した「21世紀最悪の落橋事故」について考える。

北から南に向かって撮影したポルチェベーラ高架橋の崩落箇所。右手奥に海が見える。同橋は、伊インフラ交通省とのコンセッション(国などが民間企業にインフラの運営権を付与する方式)契約に基づき、伊アウトストラーデ・イタリアが運営・管理してきた。道路の運営期間は2038年末までだ(写真:Vigili del Fuoco)
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 1967年に完成したポルチェベーラ高架橋は、イタリア北西部からフランス南東部に向かうA10号のジェノバ─サボーナ間に位置する。同国の著名な技術者、故リッカルド・モランディが設計したため、地元では「モランディ橋」とも呼ばれていた。

 ポルチェベーラ高架橋の全長は約1100mで、Ⅴ形橋脚で支える桁橋と、3基の主塔を有するコンクリート斜張橋から成る。崩落したのは3基のうち最も西側に位置するP9主塔とその前後、約240mの区間だ。

ポルチェベーラ高架橋の崩落箇所と構造システム。取材を基に日経コンストラクションが作成
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 この橋の最大の特徴は、まさに崩落した斜張橋部分にある。H形の橋脚で支える桁橋と、A形の主塔と斜材から成る斜張橋を組み合わせ、それらを単純桁(ゲルバー部)でつなぐことで200m超の径間長を実現する、60年代当時としては極めて画期的な構造だった。斜材は、ケーブルをコンクリートで被覆して緊張していた。

 一方で、複数の斜材を用いる現代の斜張橋と違い、ポルチェベーラ高架橋の斜材はわずか2対しかなく、斜材のケーブルが1つでも破断してしまうと、自立も難しい構造だったとみられる。このように、リダンダンシー(冗長性)に乏しい構造形式が、落橋の一因になったことは否めない。

 ポルチェベーラ高架橋は、どのようにして崩壊したのか。橋梁の構造やデザインを専門とする日本大学理工学部土木工学科の関教授は2018年10月初旬、同大学のOB会(桜門技術士会)に所属する橋梁技術者と現地調査に赴き、がれきの様子や収集した資料を基に、崩壊過程を以下のようにCG化した。

関文夫・日本大学教授の仮説に基づくポルチェベーラ高架橋の崩壊過程(動画)
左が西、右が東。がれきの落下地点については不明な点が多く、詳細に再現していない(動画:フォーラムエイトの協力を得て日本大学の関文夫教授が作成)

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