パナソニックが米シリコンバレーに置く戦略拠点「Panasonic β」は、同社の企業文化の変革を担うことが期待されている。2017年に設立され、早2年が過ぎようとしている。Panasonic βのこれまでの歩みとこれからの動きを、現地で検証した。

 そもそもPanasonic βは、2つの顔を持っている。1つは、スマートホームのプラットフォームになる「HomeX」を開発するスタジオ。もう1つは、イノベーションを量産するための方法論や仕組みを開発して全社に広げるマザー工場だ。後者のマザー工場というのがPanasonic βの本来の設立目的であり、HomeXはその方法論の正しさを実証するための「実例」と位置付けられている。

CES 2019で初めて明かされた、驚きの設立経緯

 ところがPanasonic βの構想段階では、パナソニックの経営陣は今とは全く異なる考えを持っていたという。2019年1月上旬、米ラスベガスで開催されたテクノロジー分野の大型展示会「CES 2019」の記者会見で、パナソニックの宮部義幸CTO(最高技術責任者)が当初の思惑を初めて明かした。

 「我々が考えていたのは『ノアの方舟(はこぶね)』を作ることだった」。宮部CTOはこう切り出した。いったい、どういうことか。「パナソニックが今後も残していかなければいけない、技術的に重要な遺伝子を持つ集団だけを方舟に乗せる。それ以外は洪水に流されてしまっても構わない。その方舟になるのがPanasonic βだった」(宮部CTO)と言うのだ。かなり大胆な発想である。

パナソニックの宮部義幸CTO
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 宮部CTOのこの発言には、当時のパナソニックが抱えていた課題が色濃く反映されている。2000年代まで経営の屋台骨だった大型テレビなどに代表される黒物家電が壊滅的な打撃を受け、北米の家電市場からは撤退を余儀なくされた。パナソニックは事業部門のビジネスモデルを大きく変え、同時に従業員のスキルやマインドセットを別な方向にシフトすることを考えざるを得なくなった。

 「技術を作れば、事業部門が製品化してくれる。そういう時代はもう終わった。だから技術部門の名称をイノベーション推進部門に変えて、従業員の在り方も1つの技術に特化した専門家を目指すのではなく、複数の技術や製品を組み合わせたソリューション提案ができる人材に変えていこうとした」。宮部CTOはそう振り返る。

 ところが宮部CTOの思惑通りに事は進まなかった。「変わらない部門は、いつまでたっても変わらなかった」(宮部CTO)。それならば、変わらない事業部門や従業員には見切りを付けるしかない。冷徹に思えるが、宮部CTOがPanasonic βの設立を考えた背景には、そうした思い切った経営判断があった。

方舟が正反対の動きをし始めた

 にもかかわらず、実際に設立した後のPanasonic βは、方舟構想とは「全く逆の組織になっていた」(宮部CTO)。と言うのも、Panasonic βが現在まで取り組んできたことは、既存の事業部門や従業員の働き方を変えようとする内容だからだ。

 米マウンテンビューにあるPanasonic βには、常時60人ほどの従業員が勤務している。デザイン思考やアジャイル開発など、シリコンバレーのスタートアップ企業が実践する製品やサービスの開発方法論を取り入れ、「ソフトウエアによってアップデートされる新しいくらし」の実現を目指している。パナソニックが2018年秋に最初に製品化したHomeXは、その第1弾に当たる。

米シリコンバレーにあるPanasonic βの内部。右側の男性がPanasonic βを率いる馬場渉氏
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 60人のうち、現地採用した固定メンバーは20人。それ以外の約40人は、パナソニックの各事業部門から3カ月交代で派遣されてきている。こうした短期滞在の従業員はPanasonic βで新しい開発の方法論を体験し、それを事業部門に持ち帰る。そしてシリコンバレーで学んだことを自部門に広める役割を果たす。

 残すべき事業や技術だけを乗せる方舟になるはずだったPanasonic βが、なぜ既存事業のやり方を変える存在になったのか。Panasonic βを率いる馬場渉氏はこう答える。

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