日経FinTech編集長の原 隆

 三谷幸喜氏が脚本・監督を手掛けた『ラヂオの時間』という1997年公開の映画がある。この正月休みを使って久々に見たが、公開から20年以上たっても一切色あせることなく、随所でクスッと笑わせてくれる映画だ。

 ラヂオの時間は、生放送のラジオドラマを舞台に広げられる喜劇。主婦が手掛けた脚本が初めてラジオドラマに採用されるも、女優のわがままから生放送中に次々とストーリーが変えられてしまう。舞台は熱海からシカゴに、登場人物も日本人から外国人へ。1ついじってしまったためにありとあらゆる辻つまが合わなくなり、スタッフ全員が巻き込まれていく。

 この映画で、一線を退いた老人が活躍するシーンがある。シナリオが次々と変更されていく中で、シーンに合わせて流す効果音を用意できず頭を抱えるスタッフたち。彼らを救ったのが、伝説の「効果係」として活躍した藤村俊二氏演じる守衛の男だった。彼はもともと音を作り出す専門職に就いていたが、レコードの普及で仕事を失い、守衛室に異動となっていた。

 「昔はね、音は全部手作りだったもんだ」と語る守衛の男はピスタチオと細い筒でマシンガンの音を作り出し、カップ麺の容器を破ってダム決壊の音を作り出す。時代の進化とともに不要とされ、見向きもされなくなった「枯れた技術」が、ハプニング続きのラジオ生放送を救う。

 この映画のように、滞る状況の打開策で「枯れた技術」が活躍するケースは実際の社会でも多い。

消えゆく運命の技術が世の中を変えた

 時計の針を今から20年前に戻そう。1999年、日本の通信業界は新たな時代の幕開けを待っていた。高速通信回線の普及、いわゆるブロードバンド時代の到来である。当時、NTT東日本・西日本はISDN回線の普及を推し進めていた。ISDNは交換機から中継回線、加入者の自宅に引かれた回線に至るまでの全てをデジタル化した公衆交換電話網だ。

 ISDNは規格上の通信速度で言えば128kビット/秒(2B)。今のスマホで利用されている4G(第4世代移動通信システム)は数百Mビット/秒なので、実に数千倍以上遅かった。それでも当時のISDNはブロードバンドの定義に含まれていた。

 NTTグループは当時、アナログ回線からISDN回線へ、そして最終的には光回線(FTTH)というブロードバンド普及の絵図を描いていた。だが、引き込み工事などで初期費用が約3万3000円もかかる光回線の普及は遅々として進まなかった。そこに突如現れたのが「ADSL」と呼ばれる回線だ。

 通常のアナログ回線をそのままにISDNをゆうに超える高速な通信を可能にするADSLが登場し、東京めたりっく通信、イー・アクセスといったベンチャーが相次ぎ誕生。NTTグループも遅れて「フレッツ・ADSL」を導入するも、ソフトバンクグループが「Yahoo! BB」を格安で投入したことで、NTTグループの当初描いたシナリオは完全に崩れた。

 既にどの家庭にも引かれている電話回線をそのまま使える点で、ADSLは導入ハードルが低く、初期費用が圧倒的に安かった。2001年当時の初期費用は3600円と光回線の約10分の1だった。

 ADSLは当時から過渡的な技術と指摘されていた。音声通話で使わない高周波の帯域を利用して高速通信を実現していたため、距離による減衰や他回線との干渉などの問題を抱えていた。いずれは消えゆく運命。それでも日本のブロードバンド時代の幕開けをけん引したのは間違いなくADSLだったと断言できる。

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