多くの個人投資家を巻き込んだ東京証券取引所のシステム障害は「大惨事には至らず、起こって良かった面がある」。そう言ったら、不謹慎だろうか。

 引き金になった運用ミスがもし違った場面で起こっていれば、もっと甚大な被害が出てもおかしくなかったと、取材した筆者は考えている。今回の障害は、重大な事故が起こる前に、証券業界関係者に大きな気付きをもたらしたという「幸運」な側面がある。

 東証の株式売買システム「arrowhead」で、証券会社との間の通信を仲介する接続装置に障害が発生したのは、2018年10月9日午前7時31分のことだ。原因は、東証への参加資格を持つメリルリンチ日本証券による、極めて初歩的な運用ミスだった。arrowheadに接続している既設のサーバーと新たに増設したサーバーの2台で、重複した同じIPアドレスを設定していたことが直接的な原因である。

 arrowheadは証券会社との接続装置を4系統、設けている。10月9日の通信障害はメリルリンチが増設したサーバーが「たまたま1台だった」ため、このサーバーが接続を試みた1系統だけのトラブルで済んだという見方ができる。

 仮に同じ運用ミスの可能性を残したまま、証券会社がもっと多くのサーバーを増設し、arrowheadの複数系統の接続装置につなぎに来る状況があったことを想像してみよう。最悪の場合、4系統ある接続装置の全てで障害が発生し、東証の取引機能が全面的にまひするという最悪の事態が起こり得た。

 IPアドレスを重複して使えば正常に通信できないことは、ネットワーク技術者でなくても知っている人が多いほど常識的な話だ。まさか、証券取引システムを運用する担当者が、手動でIPアドレスを重複設定してしまうような運用ミスを犯すとは、(初歩的過ぎるが故に)想定しにくかったのも理解できなくはない。

 しかし、そんな「まさか」と思えるミスが実際に起こった。状況によっては極めて甚大なトラブルに発展する可能性があったことを、業界関係者は初めて知った。最悪の事態に至らなかったのは、不幸中の幸いである。そして何より、「こんなミスが起こり得るんだ」という想像力の欠如に気付けたことが、今回のシステム障害がもたらした唯一の収穫である。

東京証券取引所
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 10月9日のシステム障害では、arrowheadとシステムを直接つないでいる「取引参加者」と呼ばれる約90社の証券会社のうち、40社弱が一部の取引で影響を受けた。残る50社強はほぼ通常通り、売買注文を処理できた。ただ、売買できた証券会社ですら、「arrowheadに接続できないというシステム障害は初体験。当初は状況がつかめず、運用の切り替えにかなりの緊張を強いられた」と、あるネット証券会社のシステム担当役員は明かす。それくらい、業界全体で今回のようなシステム障害が起こったときの備えが不十分だったというわけだ。この事実に筆者は驚いた。社会基盤を担うシステムの運用としてはあり得ないことに思える。

 今回のシステム障害は、これまで誰も気付かなかった(あるいは気付いていたとしても業界で情報共有しようとしなかった)2つの「想定外」が重なったことで起こった。こうした想定外を、他にもいくつか見逃している可能性が浮上してきた。そこで改めて、大きな教訓を残した今回のトラブルを振り返ってみたい。

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