「キューン……」――。

 うなりを上げていた冷却ファンが止まり、計算機室に一抹の静けさが訪れた。2019年8月30日、スーパーコンピューター「京(けい)」が7年間の歴史に幕を下ろした瞬間である。理化学研究所(理研)は同日、京を設置する計算科学研究センター(神戸市)で約200人を集めた「シャットダウンセレモニー」を開催。幸運にも、筆者は立ち入りを許された。

残る「事業仕分け」の記憶

 セレモニーの序盤、来賓として招かれた8人の国会議員によるあいさつがなされた。合計して20分ほどである。筆者は耳を立てながら、まぶたが落ちそうになるのをぐっと耐えた。総額1100億円の国家プロジェクトを完遂するには、現場の研究者や技術者だけでなく、政治の尽力もあった、ということなのだろう。

スーパーコンピューター「京」をシャットダウンする国会議員ら
(写真:日経 xTECH)
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 京は紆余(うよ)曲折を経て生まれたスパコンだった。当初の計画では、NEC、日立製作所、富士通の3社が協力して製造し、システム構成は「スカラー型」と「ベクトル型」の複合型とされた。ところが2009年5月、多額の投資に耐えられないとして、NECと日立が撤退を表明する。京は富士通がスカラー型単体の構成で開発することになった。

 さらに半年後の同年11月、京は凍結寸前まで追い込まれた。民主党政権(当時)による、いわゆる「事業仕分け」である。「2位じゃ駄目なんでしょうか?」――。同党参議院議員の蓮舫氏(当時)による発言で、大きな注目を浴びた。

 開発の継続が決まった後も、困難は付きまとった。2011年3月には、京の部品を供給する協力会社が東日本大震災で被災。サプライチェーンが一時途絶えた。

 「知的財産を守る観点から、当時はあまり京に関する情報公開に積極的ではなかった」。文部科学省のある担当者は、事業仕分けの当時をこのように振り返る。「結果、理化学研究所だけで京を使うのではないか、という誤解が一部の研究者にも生まれた」(同担当者)というのだ。

 事業仕分けは図らずも、京に対する世間の理解を広めるきっかけになった。セレモニーの壇上で、自由民主党のある衆議院議員は、「京を有名にしたのは民主党政権。あの事件がなければ、京を話題にしたのは科学者だけだっただろう」と回想した。筆者が見る限り、セレモニーで旧民主党出身の国会議員のあいさつなどはなかった。

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