「銀行は大きな川のようなもの」――。新しい1万円札の顔となる渋沢栄一は、こう語ったそうだ。渋沢といえば、日本初の銀行である「第一国立銀行」の創設に携わり、総監役を務めた人物。国中に眠る金を広く集め、これを元手に産業を育てるという銀行の役割を川に例え、明治の人々に意義を説明したわけだ。

銀行発祥の地、今はみずほ銀行の店舗
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 1873年の第一国立銀行設立から140年以上を経た今、銀行が果たしてきた川という役割の在り方が問われている領域がある。スマートフォンを使った決済サービスだ。「PayPay」の100億円キャンペーンなどで一気に知名度を上げたこの領域には、通信キャリアや大手ネット企業など多岐にわたるプレーヤーが参入済みだ。「J-Coin Pay」のように銀行が提供するスマホ決済も少なくないが、大規模なマーケティング施策を仕掛ける異業種に比べて、今のところ存在感がやや薄い。一見すると、銀行業務の中核である決済分野が浸食されているかのようだ。

 しかし実際は違う。銀行は依然として、スマホ決済を支えるインフラの領域で大きな影響力を維持している。スマホ決済を利用したことのある読者であればイメージしやすいと思うが、多くの決済アプリは銀行口座とひも付けて利用する。銀行口座から決済アプリにチャージした金額を、店頭での支払いなどに充てる。

 チャージの仕組みは、銀行が外部事業者に提供する「リアルタイム口座振替」というサービスに依存している。ユーザーが決済アプリでチャージボタンをタップすると、ユーザーが登録した銀行の個人口座から、同行内にスマホ決済事業者が開設した法人口座へと即座に資金を移動。アプリ上の残高にチャージ分が反映される。

 銀行は、リアルタイム口座振替を提供するに当たり、スマホ決済事業者から手数料を徴収している。銀行によって異なるが、1件につき数十円が相場になっているようだ。そのほか、サービス利用に当たって初期費用も課す。

 スマホ決済事業者はほとんどの場合、ユーザーにチャージ費用を取ることはできない。現金も決済アプリも、「店頭で支払う」という行為そのものは同じ。にもかかわらず、決済アプリを利用するとお金がかかるとすれば、サービスは普及しないからだ。各社は、リアルタイム口座振替に関わる手数料を持ち出しで負担せざるを得ない。

 一方の銀行にとっても、リアルタイム口座振替を提供するためにコストがかかっているため、無償にするわけにはいかない。多くの銀行は今のところ最低限の手数料にとどめているもようだ。ある関係者は、「銀行も今は薄利でやっている」と証言する。

 ところが、潮目が変わりつつある。銀行自身がスマホ決済サービスに乗り出したことで、スマホ決済事業者と競合する構図が鮮明になってきたからだ。競争相手としての立場を取るか、これまで通りの関係を維持するか、銀行は葛藤の中にある。実際、スマホ決済事業者に対するリアルタイム口座振替のサービス提供を見合わせる銀行も出始めた。スマホ決済が銀行の仕組みに依存している限り、銀行がスマホ決済事業者の首根っこをつかんでいると言える。

 競争相手に厳しく当たるのは、営利企業としてはやむを得ない判断とする見方もある。ただ、銀行が大きな川として産業育成に徹するべきだとすれば、こうした行為は社会の公器としての在り方を否定しかねないものだ。

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