先日、特集記事「さらば 平成のテクノロジー」に取材班の1人として携わった。平成のIT産業を支え、リードし、脚光を浴びてきた31のトピックを振り返るものだ。「PC-9800シリーズ」のように既に役割を終えているものもあれば、「ASP」や「NGN」のように言葉が変わっただけで今なお現役のものもある。

 特集を進めながら記者が気になっていたものがある。公衆電話だ。日本に公衆電話ができたのは1900年(明治33年)ということで、「平成のテクノロジー」ではないため今回の特集には盛り込まなかったが、平成初期には公衆電話もIT産業の重要な舞台装置の一つだった。ポケベルが全盛だった1990年代前半は街中のあちこちに公衆電話があった。だからこそポケベルは若者が気軽に使えるメッセージ伝送サービスになり得たわけだ。記者自身はポケベル全盛世代ではないのだが、学生時代は友人に電話する際に公衆電話を頻繁に使っていた記憶がある。

 その後記者は1990年代半ばにPHSを契約し、数年後には携帯電話を持つようになり、公衆電話を身近に感じる機会はめっきり減ってしまった。とはいえ阪神大震災や東日本大震災など、平成の31年間に起こった大規模災害では全国津々浦々に公衆電話が整備されていることの重要性が改めて注目される場面もあった。

街角の公衆電話。平成初期と比較すると5分の1まで減っている
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 NTT東西が集計している公衆電話の台数を調べてみたところ、減少傾向にあるのは予想通りだったが、その減り方が想像以上であることに驚いた。平成が始まった1989年の3月末は約83万台なのに対し、直近の2018年3月末は約16万台と5分の1に減少している。比較のための参考として挙げると、全国の小学校は約2万校。小学校の学区域内に公衆電話が8カ所あるとイメージすると分かりやすいだろうか。

 グラフで推移を見ると、2002年まではなだらかな減少だったものが、2003年以降は下げ幅が険しくなっていることがうかがえる。実数で見ると、2002年3月の68万台から2008年3月の33万台へと、6年間で半減していることが分かる。第3世代移動通信システム(3G)が全国に広がり、iモード対応のガラケーが全盛期だった時期と重なる。

 その後は減り方こそ再び緩やかになったが、減少傾向は続いている。東日本大震災のあった2011年3月は約25万台あったが、震災後の7年間に約9万5000台減少し今に至る。

NTT東西が設置する公衆電話の設置台数の推移(単位:万台)
(出所:NTT東日本の資料を基に作成)
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