国内の半導体デバイスメーカーの数が減少しても、製造装置/材料・部品メーカーはそれぞれの強みを発揮し、いまだに世界の半導体産業の最先端を支えている。「米国→日本→韓・台」とデバイスの製造拠点がシフトする中で、次は「製造強国を目指す中国か」との指摘も出てきた。世代交代を短期間で繰り返す技術の最先端を追い続け、グローバル化にもキッチリ対応してきた日本の半導体製造装置メーカーの「勝ち抜く戦略」を明らかにすべく、国内最大手である東京エレクトロン会長の常石哲男氏に、その秘訣を聞いた。(山口健=日経BP総研 クリーンテックラボ)

 当社の事業は現在9割の売上高を占める半導体製造装置とフラットパネルディスプレー製造装置に特化しています。創立当時は色々な米国製の半導体製造装置の日本国内での代理店、技術サポート力を持った商社でしたが、私が入社した1976年あたりから徐々にメーカー色を強くしました。

東京エレクトロンの常石哲男氏
1952年生まれ。1976年大阪大学工学部通信工学科を卒業、同年に東京エレクトロン入社。1992年取締役、1996年専務取締役、1998年代表取締役専務、2003年取締役副会長、2015年取締役会長、2017年から代表取締役会長(現職)。2017年からSEMI (Semiconductor Equipment and Materials International)の会長も務める。(写真:吉成大輔)
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 1970年代、1980年代は、日本が半導体製造に関して世界をリードしていました。当初リードしていたのは発明国の米国でしたが、特にDRAMを中心に日本メーカーが台頭し、NECが世界最大の設備投資を実行し、売上高でもナンバーワンになった。日本の売上高が世界の50%のシェアを超えたこともありました。こうした中で、当社も力を付けていきました。

 この業界は非常にフェアで、最先端の半導体生産で採用された装置メーカーが勝ち抜きます。ですから「最先端」は外せない。最先端を実現するために、1970年代、1980年代、実は1960年代に遡っても日本にはすべての技術と産業のインフラがありました。

 当時、半導体大手の日立製作所、東芝、富士通、NEC、三菱電機、パナソニック、三洋電機、ソニーなどは総合研究所を持ち、アカデミックな研究開発も功を奏し、エレクトロニクス産業界を盛り上げました。

 世界のトップを行く日本の半導体メーカーに、当社も育てられました。世界最先端で最も優れた技術が求められる製品が、必ず市場をリードするという構図は、ほかの業界とは少し異なります。技術や性能がより良い製品は必ず世界をリードするのがこの業界の特徴です。

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