アートやデザインでワクワクさせる医療・健康サービスを

丸山亜由美氏 トリプル・リガーズ 代表

2019/03/01 06:00
伊藤 瑳恵=日経デジタルヘルス

 医療や健康サービスを健康への関心が高くない人に届けることは難しい(関連記事:ヘルスケアサービスがうまくいかないワケ)。そこで、「幸福度」という新しい指標を使ったり「行動経済学」の考えを応用したり、「ゲーミフィケーション」を取り入れたりと、各社が趣向を凝らした取り組みを進めている。

 そんな中、アートやデザインを使ってワクワクするような医療・健康サービスを届けようとしているのが、トリプル・リガーズ 代表の丸山亜由美氏だ。同氏のアイデアは、2019年1月に経済産業省が開催した「ジャパン・ヘルスケアビジネスコンテスト2019」のアイデアコンテスト部門で優秀賞を受賞した。

 実は同氏は、臨床検査技師の資格を持ち、製薬会社でトップセールスになった後、美術大学で芸術を学んだという経歴を持つ。ヘルスケアサービスにアートやデザインはどう寄与するのか、聞いた。

トリプル・リガーズ 代表の丸山亜由美氏(写真:加藤康)
クリックすると拡大した画像が開きます

(聞き手は伊藤瑳恵=日経デジタルヘルス)

アートやデザインをヘルスケアに生かそうと思ったきっかけは何ですか。

 大学卒業後に検査機器を販売する仕事をしていたときのことです。入社2年目でトップセールスになれたのですが、その時に最も売れた製品が、分析中に7色に光る遺伝子検査機器でした。

 研究室で使うと部屋全体がプラネタリウムのように光るのです。他の製品は、競合製品と価格やスペックを比較しながら宣伝していたのですが、この遺伝子検査機器に限っては、一度使ってもらうだけで「楽しいから欲しい」と言っていただけました。

 きっと、こうしたデザイン性が新しい価値になっていくんだろう――。そう強く感じ、アートやデザインをヘルスケアに生かそうと決心したのです。デザイン性を生かした製品を自分で作れる人になりたいと思い、3年間働いた会社を退職して武蔵野美術大学に入学しました。

アートやデザインには昔から関心があったのですか。

 はい。高校卒業後に入学した北里大学では臨床検査技師になるための勉強をしていたのですが、その頃の口癖は「人生が2回あったら美大に行きたい」でした。美術への興味が薄れることはなく、大きな声では言えませんが、授業をさぼって展覧会のボランティアをしたこともありました。

 3年間の社会人生活を経て念願の美大に入学できたはいいものの、授業に付いていくことが精いっぱい。営業の傍らに受験勉強をしていた私が、何年も前から美大進学を視野に入れて勉強してきた同級生と机を並べるわけですから、すごく大変でした。修行のような4年間で、大学を辞めたいと思うこともありました。

 ただし、今振り返ってみると、とても大きな学びを得られました。

(写真:加藤康)
クリックすると拡大した画像が開きます

 特に心に留めているのは、デザインは単なるデコレーション(装飾)ではないということ。デザインの本質は、形や色に工夫を施すことで、問題を解決したり行動変容を促したりすることだと思っています。

 例えば、女性向けの製品なら何でもかんでもピンク色にデザインすれば良いというわけではありません。同じ製品やサービスを対象にしていても、狙いや目的が異なれば、デザインは違うはずです。そして、その目的が誤解のないように伝わるデザインでなくてはなりません。

 なので、私がデザインを考える際には、まず問題点を洗い出し、どういう風に解決したいかという道筋を立てるようにしています。

これまでの取り組みを教えてください。

 今までに手掛けた作品で最も反響が大きかったのが、「DESIGNART TOKYO 2018」(2018年10月19~28日、東京都内)に出展した木製の立体オブジェです。表面にさまざまな食べ物の名前が書いてあり、ブラックライトを当てると血糖値が上がりやすい食べ物が光る仕組みです。

「DESIGNART TOKYO 2018」に出展した木製の立体オブジェ(写真:小野瑞希)
クリックすると拡大した画像が開きます
ブラックライトを当てると血糖値が上がりやすい食べ物が光る(写真:小野瑞希)
クリックすると拡大した画像が開きます

 アートのイベントなので、美しさを追求することはもちろんですが、作品を通じて人々の意識や行動が少しでも健康的に変容できるよう教育的要素を取り入れました。ブラックライトを当てると、血糖値を上げやすい食べ物が一目で分かります。

 これまでの糖尿病関連のアート作品は、啓発の要素が強いものが多かった。例えば、糖尿病は進行すると足が壊死(えし)してしまうことを表現した作品では、壊死した足があめやチョコレートに変わる様子が描かれていたりします。そうした中、今回展示したオブジェは、「こういう表現の方法があるのか」と大きな反響をいただきました。

 私も糖尿病の治療をしているので、これ以上糖尿病で苦しむ人が増えないようにという思いから、渋谷にある商業施設のオープニングパーティーで日曜日の昼間から健康診断をする取り組みも実施しました。イベントの場所柄、他のブースではおしゃれな食事が提供される中、私たちは血糖値が測れるブースを設置したのです。

 ただし、普通の検査とは趣向を変えて、健康診断をオープン化しようと考えました。一般的な健康診断は、一人で受けに行って一人で結果を見るというクローズドなものです。しかし、オープニングパーティーは恋人や友人などと一緒に訪れることが多いため、これを利用しようと考えました。

 具体的には、血糖値を測定してもらい、その結果を測定前に食べたものと一緒に記録してもらいました。例えば、「ラーメン 140mg/dL」という具合です。一人ひとりの記録は一つのボードに貼り付け、自分と同じ値の人が何を食べているかや、血糖値が高い人が何を食べたのかが一目で分かるようにしました。記録用紙はピンクや緑など明るい色を使ったポップなデザインにしたので、記録が集まるほどボードも華やかになります。

イベントで作成したボード。血糖値ごとに区域が分けられており、自分が食べたものを記入した紙を貼付していく(写真:小財美香子)
クリックすると拡大した画像が開きます

 そして、血糖値の測定方法にも工夫を施しました。健康診断では、尿に含まれる糖分を測定することで糖尿病を発見するのが一般的ですが、尿から糖分が検出されるのは、かなり進行している段階です。健康診断では何も問題なかったのに糖尿病が見つかったという人が多いのはそのためです。

 そこで私たちは、食後に血液を使って血糖値を測定する検査を企画しました。“かなり進行している人”ではなく、“少し危険な人”を的確に見つけるために、食後の血糖値が糖尿病の基準とされている140mg/dLに達しているかどうかを調べることにしたのです。イベントでは約100人に検査をしてもらい、そのうち10人が食後の血糖値が140mg/dLを超えていることが発覚しました。

これまでの取り組みは、糖尿病をテーマにしているのですね。

 もともとヘルスケアにアートやデザインを生かしたいと思ってはいたものの、具体的なテーマについてはしばらく悩んでいました。そんな時、“起業家の卵”を対象にしたゼミに参加し、原体験からビジネスを作ることを学びました。

 20歳で発症した糖尿病は自分の原体験そのものでしたが、一生向き合っていく病気を対象にするのは覚悟が必要でした。糖尿病をテーマにする気持ちが固まるまでには少し時間がかかりましたが、今では精力的に活動しています。

 先日は東京都内の小学校で食事と血糖値に関する授業をしました。授業中、子ども達から「丸山さんって病気なのに、なんでそんなに笑顔なんですか?」と質問されました。子どもだから思いつく、ピュアな質問ですよね。

 その場でも答えたのですが、医療の進歩に伴って、私たちは自分に合った治療や食事を選ぶことができます。たとえ病気を抱えていても、工夫すれば何の問題もなく日常生活を送ることもできるわけです。だから私も笑顔でいられます。

 こうした自分の体験も踏まえた啓発活動も今後ますます実施したいと思っています。

ヘルスケアサービスは、アートやデザインのどういう要素を取り入れたら良いと考えていますか。

(写真:加藤康)
クリックすると拡大した画像が開きます

 医療や健康、福祉関係のサービスは、楽しんだり遊び心を取り入れたりすることをタブーとするような雰囲気があるように感じます。ヘルスケア領域は「堅くてファッション性がない」と言って、避けて通るデザイナーも多くいます。通っていた美大のクラスでも、ヘルスケアのデザインがしたいと言っていたのは私ぐらいでした。

 でも、健康になろうと思ったり病気を治すために病院に行ったりすることって、とってもポジティブな行為だと思うのです。「ちょっと悪いところはあるけれど、少しでも良くなるように…」と頑張っている人の気持ちを前向きに応援できるようなエッセンスがアートやデザインを通じて取り入れられたら良いなと思っています。

 「医療はこうあるべきだ」「病院はこうあるべきだ」という風に体系化されている枠組みを、私の作品を通じて「こうあっても良いんだ」と伝えたい。例えば、渋谷のパーティーで血糖値測定をしても良いし、その測定値をカラフルな用紙に書いて見せあっても良いわけです。

 ただし、自分自身も患者の一人なので、ただ単に面白おかしくすることには抵抗があります。アートやデザインなどのエンターテインメントの良さは取り入れつつ、病気と向き合う人を傷つけることのないように留意しています。

アートやデザインを入り口にして、どんな人にヘルスケアサービスを届けたいですか。

 今、私が最もヘルスケアサービスを届けたいのは、健康への関心が低い若い人たちです。

 若いうちは多少の無理が効いてしまうので、仕事や趣味に熱中するあまり、自分の健康をおろそかにする人も少なくありません。私自身もクリエーターですが、アートやデザインなどを手掛けるクリエーターの多くは企業に所属しないため、健康診断を定期的に受けず、昼夜を問わずに好きな仕事に打ち込む傾向にあります。

 そうした若い人たちにも、アートやデザインを入り口にすれば健康サービスが届けられるのではないかと考えています。私が活動の拠点を渋谷にしているのは、実はクリエーターが多く活動している場所だからなんです。

 なぜ若い人に注力しているかというと、私自身が糖尿病を発症したのが20歳のときだったから。人生100年時代といわれていますが、もしも私が100歳まで生きるとしたら、80年間はこの病気と向き合わなくてはいけません。

 若いうちに発症すると、治療にかかる費用や受ける制約があまりにも大きくなってしまいます。場合によっては、夢を諦めなくてはいけない事態になるかもしれない。なんとしても、それを防ぎたいと考えています。

(写真:加藤康)
クリックすると拡大した画像が開きます

経済産業省主催の「ジャパン・ヘルスケアビジネスコンテスト2019」ではアイデアコンテスト部門で優秀賞を受賞しました。その後の反響はいかがですか。

 早速ヘルスケア関連のイベントのロゴを作成する仕事をいただきました。とてもうれしく、精力的に準備をしている最中です。

 コンテストでは、デザインに触れてくれる審査員の方が多くいました。医療や健康、福祉領域においてもデザイン性を重視する機運が高まっていることを感じます。

これからやってみたいことを教えてください。

 数年後に、ガストロノミー(美食学)を学ぶためにイタリアの大学に通いたいと思っています。医薬品だけではなく食事から人の健康を考え、治療をポジティブなものにする取り組みに生かしたいのです。

 私が糖尿病をテーマにしていたこともそうですが、人は自分が体験したことしか本質的には理解できないと思います。同じ体験をしないと当事者の気持ちは分からない。ガストロノミーを学んで食べ物を作る人の気持ちを理解し、医学と芸術、食科学の3分野を理解した上で、人々の行動変容につながるような活動を進めていきたいです。