1985年の民営化から33年、黒電話の会社だったNTTがIT企業へと姿を変えつつある。かつては売り上げ全体の7割を占めていた音声通信収入は今や2割まで減少。海外で大型M&A(買収・合併)を加速し、国内外でIT事業の拡大を急ぐ。ただ、過去の海外買収は失敗続き。果たして事業変革はうまくいくのだろうか。成否のカギは3つの「脱」にある。決まったサービスを提供する通信会社の考え方を脱し、顧客のニーズをくみ取れるか。自前主義を脱し、外部企業と柔軟に手を組めるか。海外で利益を上げる事業モデルを確立し、国内に頼る「内弁慶」から脱却できるかだ。

 自前の技術にこだわりすぎてIP化の波に乗り遅れて低迷した1990年代。「横須賀」や「武蔵野」などと地名で呼ばれるNTTの研究所は自前主義の象徴だった。毎年2000億円を超える資金を研究開発に投じてきたが、収益につながる具体的な成果を上げることからは縁遠い組織だった。そんな研究所がいま、変わり始めている。

 2017年11月、神奈川県厚木市にあるNTTの研究開発拠点で「量子ニューラルネットワーク(QNN)」と呼ぶ独自技術を用いた量子計算機が稼働した。

 QNNは複数の点を結んだ最短経路を探す「巡回セールスマン問題」など最適化問題を解くことに特化した「量子イジングマシン方式」の計算機である。光の量子効果を究明する「量子光学」をセンサーや通信に応用してきた実績を背景に、レーザー光源や光ファイバーの研究の蓄積が実ったものだ。

 米IBMや米グーグルが開発競争を繰り広げる「量子ゲート方式」よりも適用領域の汎用性が低いため、関係者はコンピュータとは別の「専用計算機」と位置付けている。だが、特定の計算ではスパコンをはるかに超える性能を発揮する可能性がある。

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NTTが取り組む、量子物理学などを応用した情報通信の研究テーマ
(写真提供:NTT)
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 「実社会の問題に適用できる点では、量子ゲート方式よりも量子イジングマシン方式の方が実用化が早い。方式の優劣よりもいち早く社会の役に立つことに意義がある」とNTT物性科学基礎研究所の寒川哲臣所長は説明する。

10年、20年の研究はざら

 長期的視点でプロジェクトに取り組むNTTの研究開発体制が奏功した。QNNの独自性が評価され、2014年に国の革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)に採択されたことで開発が加速した。

 原理の提唱者でImPACTプログラム・マネージャーを務める山本喜久氏はNTT出身。1980年代からNTT物性科学基礎研究所で量子光学に取り組んだ第一人者だ。米スタンフォード大学など研究機関に転じた後も、同じ研究分野を引き継いだNTTの後進たちと交流を続けた。QNNの動作原理を2011年に考案した山本氏らは、NTTとの共同研究で実動機への手応えをつかみImPACTに応募した。

 QNNと同じイジングマシンに属する量子計算機としては、いち早く商用化された量子アニーリング方式がある。東京工業大学の西森秀稔教授らが動作原理を考案した日本発の技術だ。しかし開発に乗り出す日本の企業や研究機関が現れず、カナダのディー・ウエーブ・システムズが商用化した。ハードウエア開発の主導権は海外に移り、QNNとは対照的な道をたどった。

 NTTの研究所の強みは、リスクは高いが成功すれば破壊的な成果を得るQNNのようなプロジェクトを複数抱えていることだ。寒川所長が率いるNTT物性科学基礎研究所は、量子力学の応用研究で期間が10年から20年にわたるプロジェクトがざらにある。

 例えば、QNNと並行して量子ゲート方式の量子コンピュータも研究中だ。量子ゲート方式での主な研究テーマは、基本素子として使う「超伝導磁束量子ビット」をより安定させる構造・材料などの開発である。商用化を目指して50量子ビットなどの実動機の開発に取り組む米IBMや米グーグルから見ると遅れは否めないが、「量子ゲート方式が実用性を競う勝負の時期は少し先になる」(寒川所長)と見て、基礎技術で独自の強みを磨く。実用化時期は見えていないが、「単一光子制御」や「スピン制御」など、量子効果を情報通信に応用する基礎研究も進行中だ。

 実用段階にまでこぎ着けた技術もある。原理的に通信の盗聴を不可能にした量子暗号通信は政府機関など「顧客を探している」(寒川所長)段階にある。

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