以前、ある工務店の社長から、住宅改修での失敗談を聞いたことがあります。いわゆる「居ながらリフォーム」の現場で、気心の知れた内装職人と仕上げ作業の打ち合わせをしていた際に、ちょっとした一言が顧客の不興を買ってしまったのだそうです。「下地は調整するのかい」と問う職人に、社長が「それなりで頼むよ」と答えたところ、そのせりふを顧客が聞きとがめて立腹。「『それなり』とはどういうことだ。手を抜いているのか!」と詰め寄られたといいます。

 建築現場の仕事に携わる読者なら、下地の現況に合わせて仕上げ材の施工する際に「下地なり」「現状なり」といった言葉を用いることは、よくご存じでしょう。社長が口にした「それなり」もその類い。プロ独特の言葉や言い回しを知らない顧客が本来とは別の意味、この社長の体験のように悪意を含んでいるかのように捉えてしまうことは、しばしば生じ得ます。

(イラスト:勝田 登司夫)
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 日経ホームビルダー6月号の特集「顧客を激怒させた失言&マナー違反」では、こうした失敗の具体例を集めてみました。取り上げた例のように、ちょっとした言葉の行き違いが招くトラブルは、誰にとっても身近にありがちな話です(自分自身が当事者でないとしても)。悪意がないのに誤解されたケースだけでなく、言葉の選択や言い方を明らかに誤ったケースもあるでしょう。笑い話で済む場合もありますが、顧客対応では「なぜトラブルが生じたか」を考えることがとても大切。「たかが失言」ではなく、顧客の本音を見落としていたことに気付いたり、情報伝達の手法に潜むリスクが分かったりするきっかけになるからです。

 特集後半では、顧客対応を踏まえた対策例も紹介しています。文中で登場するARU田口設計工房(埼玉県桶川市)の田口隆一代表は、次のように指摘します。「言葉だけでトラブルに発展することは、実はさほど多くない。その前の段階で、顧客の小さな不満が積み重なってプロへの信頼が揺らいでいたケースが多い」。トラブルの発端となる失言は、あくまでも「怒りの着火剤」に過ぎないというわけです。特集前半で紹介した失敗談の数々をこうした視点で見直すと、顧客とのコミュニケーションを考えるうえで様々なヒントが隠れていると思います。

(写真:左上から吉田 誠、リビタ、リビルディングセンタージャパン、エコワークス)
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 6月号では、もう1本の特集「築30年超の古家を省エネ改修」も注目です。建築から数十年を経ていても、省エネ計算に基づく設計で断熱・気密を刷新し、現代的なスペックのすまいに仕立て直した三つの先進事例を取り上げています。

 新築住宅では、建材・設備の性能向上と手を取り合う格好で、標準的な省エネ性能の底上げが今後ますます進むでしょう。省エネ住宅への関心の深さを問わず、顧客が求める性能水準も高まっていくはずで、その傾向は改修にも着実に波及すると考えるのが自然。そうした顧客ニーズの方向性を考えると、新築でも改修でも、つくり手の省エネ住宅に関する企画・設計力、施工力そして顧客への説明力のスキルアップは、いずれも不可欠です。つくり手がどのような考え方とプロセスで取り組んだか――。取り上げた三つのケースからそれぞれの具体的な手法を読み取ることで、実務に生かしていただければ幸いです。

 また6月号では、連載「現場で役立つ欠陥防止の勘所」も掲載しました。今回は「住宅基礎のレベラー不備で引き渡し拒否」というトラブルケースです。つくり手にとっては許容範囲内でも顧客が納得してくれないやっかいな状況は、家づくりの様々な場面で生じるもの。ハード面の不具合は直せますが、顧客が抱いてしまった不信感や、こじれてしまったお互いの信頼関係は容易に修復できません。特集で紹介した失言トラブルの根本原因や、省エネ性能などにまつわる顧客説明の在り方などにも通じる話ではないでしょうか。

出典:日経ホームビルダー、2019年6月号
記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。