鹿児島県姶良市内を流れる山田川沿いに完成した芝生広場「やまだばし思い出テラス」は、昭和モダンな旧山田橋の架け替えに併せて整備された。同橋の高欄や親柱をうまく生かしたデザインに仕上がっている。後編では、旧橋の高欄や親柱の残し方、使い方について伝える(旧橋解体までの住民参加のプロセスを追った前編はこちら)。

旧山田橋の橋詰め付近に整備した「やまだばし思い出テラス」(左岸側)。橋の架け替えで生じた道路残地の3カ所で構成する(写真:イクマ サトシ)
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解体前の旧山田橋。1929年建造の6径間の鉄筋コンクリートT桁橋で、橋長は約60m。アーチ形状が橋脚や高欄で連続するデザインが特徴的だった(写真:第一工業大学羽野研究室)
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「親柱は残したい」

 「旧橋は現代の技術基準に合っておらず、補強して保存することは難しかった。ただし、3m近い高さを誇る親柱については設計当初から、『珍しいデザインだから公園などに移設して残したい』といった話が発注者との間で出ていた」。

 旧山田橋の架け替えや県道の付け替えなどの事業が始まった2006年から、設計に携わってきた建設技術コンサルタンツ(鹿児島市)技術部の牛堀武志部長は、こう話す。

解体前の旧山田橋。親柱の高さは2.86m。1929年の創建当初は頭部に橋灯が載っていた(写真:鹿児島県)
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 九州大学キャンパスライフ・健康支援センターの羽野暁特任助教(当時は第一工業大学講師)が山田橋を訪れたのは、事業開始から8年後の14年のこと。その後、住民参加の様々な取り組みを展開していくうちに、旧橋を惜しむ地域の声が高まっていった。県は16年、地元の姶良市と協議したうえで、橋詰め付近に親柱や高欄を活用した残地整備を決定した。

 羽野特任助教は、残地整備の設計(17年7月~18年3月)にオブザーバーとして加わった。鹿児島県姶良・伊佐地域振興局建設部土木建築課道路建設第二係の寺園太係長は、次のように話す。

 「羽野先生は山田橋の歴史や橋の価値に詳しく、地元の山田校区コミュニティ協議会や山田小学校とのコミュニケーションが取れていた。自身が橋の保存や活用について県や市に提案を重ねてきたという経緯もあり、具体的な設計について相談に乗ってもらうことで、より良いものができると考えた」(寺園係長)

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