前編「川好きと行く、『国内初のダム撤去』跡地ルポ」はこちら

荒瀬ダムは、球磨川に横たわるように築かれていた。写真右手前に見える遺構は取水口。ダム稼働時はここから約600mのトンネルで下流の発電所に導水し、約16mの落差を利用して発電していた(写真:イクマ サトシ)
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熊本県企業局が導入した「荒瀬ダムAR」。専用QRコードを読み込んでアプリを起動し、指定された現地の6カ所でスマートフォンを撤去跡地に向けてかざすと、ダムの3Dモデル画像が浮かび上がる仕組み(写真:熊本県企業局)
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思ったよりも早く川の姿が戻ってきた

 ダムの遺構を後に、再び溝口隼平氏の車で上流側を目指す。溝口氏は、荒瀬ダムの撤去により球磨川が自然の姿に戻っていく様子を見届けたくて、2010年に愛知県からダムのある熊本県八代市坂本町に家族で移住した。現在は、ラフティングのガイドなどを手掛ける会社「Reborn(リボーン)」の代表だ。

 車は、佐瀬野地区に差し掛かった。川を見ると大きな砂州が形成され、川が二股に分かれている。ここはかつて、ダム湖の底に眠っていた場所だ。

 熊本県企業局工務課の竹野公敏主幹は、「ダム撤去の完了後、思ったよりも早く瀬や淵が現れて、ダム建設前の川の姿に戻りつつある。当時の航空写真と見比べると、ダム建設前と同じ場所に砂州が形成されていることが分かる。撤去当初は、大きな洪水が発生した時に土砂が流れると考えていたが、中規模程度の雨でも結構、土砂が動くということが分かってきた」と話す。

ダム撤去地点から500mほど上流の佐瀬野地区。以前はダム湖が形成されていたが、現在は瀬や淵が現れ、二股の流れが再生されていた(写真:イクマ サトシ)
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 佐瀬野地区の右岸側には、ダム撤去工事で土砂の除去に使われた工事用道路を生かして、川辺に下りることのできるスロープが整備された。

 県企業局は、地元住民とダム撤去に伴う地域の課題を解決するために10~17年、「荒瀬ダム撤去地域対策協議会」を立ち上げて、話し合いを重ねてきた。

 今年春まで地元の坂本住民自治協議会の会長を務めていた森下政孝氏は、「対策協議会で消防車が川底に下りることのできる斜路を残してほしいと要望していたので、実現してうれしい。防災面でも安心だし、何より川に下りることができなければ、せっかくの清流を生かせない」と話していた。

佐瀬野地区の右岸側に整備した斜路。川底に下りることができる(写真:イクマ サトシ)
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 早速、水辺に下りて川の様子を眺めた。かつてここはダム湖だったはずだが、そんな面影はどこにもない。ふと見ると、魚の黒い影が近づいて来た。もしやアユだろうか? そんなことを考えながら水際に近寄ると、ぬかるんだ川底にずぶりと足を踏み入れ、靴が水没してしまった。

かつてのダム湖とは思えない自然の河川の風景が広がっていた(写真:大井 智子)
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写真の真ん中辺りに魚影が見える(写真:大井 智子)
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