熊本県八代市では、県営「荒瀬ダム」の撤去工事がこの3月に完了した。水力発電を目的とする可動堰付き重力式越流型コンクリートダムで、球磨川の水利権が失効した2010年に県が撤去を決定。本格的なコンクリートダムの撤去は全国でも初めてだ。4月下旬、かつての清流が戻りつつある球磨川を訪れ、荒瀬ダム跡地の上下流を巡った。その様子を前中後編でお届けする。

荒瀬ダムは、水力発電を目的に1955年に築造された重力式コンクリートダム。写真は下流側から見た撤去中のダム。県は2010年に撤去を決定し、同年にダムのゲートを開放。12~17年度に撤去工事を実施した。13年4月30日に撮影(写真:日経コンストラクション)
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荒瀬ダム跡地を下流側から望む。撤去前は、球磨川をふさぐように可動堰付きのダムが横たわっていた(写真:イクマ サトシ)

川が元の姿に戻っていく様子を見届けたい

 荒瀬ダムの撤去工事が完了してほぼ1カ月後の4月下旬。荒瀬ダム跡地を訪れた。現地では、水面から魚が勢いよく飛び跳ねる場面に何度も遭遇。撤去事業が目指す「ダム建設前の川の姿に戻す」という目標は、少しずつ達成されつつあるように感じた。

 欧米でコンクリートダムの撤去事例は幾つかあるが、いずれも山奥など人里離れた場所が多い。荒瀬ダムはアユの生息地にあり、近くに民家も立ち並ぶ。ダム撤去工事は、治水面や環境面に最大限に配慮した形で、丁寧に進められた(プロジェクトの概要は「ダム撤去で60年前の清流を取り戻す」を参照)。

 当日は、荒瀬ダム跡地近くの八代市坂本町に住む溝口隼平氏が、現地を車で案内してくれた。「川が大好き」と話す溝口さんは、もともと鹿児島県出身。愛知県の人間環境大学を卒業後、様々なダム撤去事例を研究していた。荒瀬ダムが撤去されることを知って何度も現地に通いつめた後、2010年に坂本町に家族で移住した。

溝口隼平氏。荒瀬ダム跡の下流側に隣接する魚道の前で撮影(写真:大井 智子)
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 溝口氏の川に向ける思いは熱い。「ダム撤去で球磨川が元の姿に戻っていく様子を、何としても見届けたいと思った。生計を立てるため、移住当初は漁業のお手伝いや土木の仕事など何でもやった。現地に住むお年寄りにダム建設前の話などを聞きながら、古い写真や資料も集めた」(溝口氏)。

 17年にはラフティングのガイドなどを手掛ける会社「Reborn(リボーン)」を立ち上げた。再生した川のブランド力を高めるために、観光客のエコツアーや学生向けのスタディーツアーなども手掛けている。

2017年8月、荒瀬ダム付近でラフティングを実施したときの様子。写真の左奥は荒瀬ダム付近の右岸側にある取水口。当時は、荒瀬ダム撤去工事の河川内作業は終わっていた(写真:Reborn)
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