お盆休みが近づいてきました。欧州はすでに長いバケーションに突入しており、都内に外国人が増えているような気もします。月2回発刊する雑誌の編集長である私は、ここ3年ほど長い休みとは無縁の生活です。そんな生活の中で、「あのホテルに泊まりたいから行ってみたい」という思いが年々、強まっている国があります。それはスリランカです。

 前置きが長くなりそうなので、その前に特集の話を。

 2019年8月8日号の特集は、「ホテル激戦時代 『個性化』で攻める」です。

年表の上側は、グローバルホテルチェーンが近年、日本で開業してきたライフスタイル型ホテル。ライフスタイル型とは、利用者それぞれの日常生活の延長線上で、自由な過ごし方を受け入れる新しいタイプ。国内における登場は、東京・虎ノ門の「アンダーズ 東京」が先駆けとされる
年表の下側は、国内で開発されてきたライフスタイル型ホテル。東京・渋谷の「トランクホテル」が先駆けとされる。三井不動産(開発)、竹中工務店(設計・施工)による「新宮下公園等整備事業」内のホテルは、区の公園と連携するライフスタイル型になると見られる
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 特集の前書きと目次を引用します。

 「ホテル分野は、客室の供給超過が起こり、激戦時代に入った。インバウンド獲得という目標の下、ホテルの在り方が変わり始めている。経験を積んだ旅行者の目的は単なる『宿泊』ではなく、充実した『滞在』の時間。近年注目される『ライフスタイル型』の動向などを、国内最新事例と併せて追う」

[特集_目次]

 特集の冒頭で、不動産サービスの大手、CBRE Hotelsの土屋潔ディレクターはこう語っています。「ホテルのタイプや立地するエリアによっては、客室料金の価格競争が激化する局面が見え始めた。今後はブルーオーシャン(未開拓市場)を狙う視点がより重要になる」。同社は、ホテルの需給に関する調査データを2019年6月に公表しました。これによると、21年までに供給される新規客室と既存客室の合計が、主要9都市全てで必要数を上回っています。

主要9都市全てで供給が需要上回る
CBREが2019年6月に公表したホテルの需給に関する調査データ。主要9都市全てで供給が需要を上回った。必要客室数は、外国人・日本人の延べ宿泊者数から推計した需要客室数に適正な空室を見込んだもの(資料:CBREの資料を基に日経アーキテクチュアが作成)
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 特集では、激化するホテル間の競争の中で、ホテルの個性化がより求められるようになり、その中で改めて見直されているのは、地域の特色をどう読み解くかだ。……と論が展開されていきます。

 その原稿を読んでいて、頭に浮かんだのが、スリランカでジェフリー・バワ(Geoffrey Bawa、1919~2003年)が設計したホテル群です。まだ行ったことがないのでここでは写真をお見せできませんが、「トロピカル・モダニズム」とも呼ばれる“桃源郷”のようなその建築は、どこかで写真を見たことがあるのではないでしょうか。こんなことを書いているだけでも行きたくてソワソワしてきます。

 自他共に認める「建築好き」である私は、国内の有名建築はほぼ見て回りましたが、正直、「あのホテルにもう一度泊まりたい」という名作ホテルが頭に浮かびません。名作温泉とか、名作ラウンジとか、“部分”では好きなホテル建築がたくさんありますが、宿泊を含む滞在体験としては建築好きにお薦めできるところを知りません。

 思うに、日本の建築家は異国でのホテル体験が少な過ぎるのではないでしょうか。

 私がジェフリー・バワのホテルを見たくなる理由の1つは、彼のプロフィルです。「トロピカル・モダニズム」というと、若い頃から地元の風土や植生を研究し、それを住宅からホテルへと展開し……といった地道な成功談を思い浮かべますが、もともと彼は建築家ではなく弁護士でした。それが、世界中を旅行した経験から自らの理想郷をつくろうと考え、30歳代で一念発起して英国のAAスクールで学び、設計の道に入りました。そもそもの目標が「理想郷づくり」であるという点が、「問題解決」を得意とする多くの日本人建築家とかけ離れているように思えます。

(左 写真:山田愼二、右 資料 上:森トラスト 下:隈研吾建築都市設計事務所)

 特集の中で建築家の隈研吾氏は、「ホテル建築の面白さは個人のセンスで勝負できる醍醐味だ」と語っています。さすが物事の本質をすくい取るのがうまい隈さん。「個人のセンス」という経営計画書には書きづらい部分にこそ本質がある、そこを日本のホテルは軽視してきた、だから海外に比べて遅れている……との見方は、私が「あのホテルにもう一度泊まりたいと思うところがない」と感じる原因を言い当てています。

 今回の特集で紹介した事例の中から、「あのホテルにもう一度泊まりたい」「ここに泊まりたいからあの都市に行く」という“強いホテル”が生まれるのか……。いや、それはこの先、あなたが設計するのかもしれません。そう言えるホテルに日本で出会える日を楽しみにしています。

出典:日経アーキテクチュア、2019年8月8日号
記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。