「ベトナム工場? いやいや、インド工場でしょう、そこは。市場規模が全然違いますから」。ダイキン工業のグローバル戦略本部長のこの一声で、私は取材先をベトナムからインドに変更せざるを得なくなった。幸か不幸か、経済を扱う記者の頭の中では「市場規模が違う=ニュースバリューが違う」という変換がしばしば半強制的に行われてしまう。「ニュースバリューが違う」という言葉を右から左に聞き流すわけにはいかない。インド行きと引き換えに、私は脳裏に焼き付いていたフォーと生春巻きの映像を涙をのんで消去することにした。

 結論から言えば、インド行きは正解だった。インドの超成長市場ぶりを「現地・現物」で確認できたからだ。現地の販売店によれば、インドにおける家庭用エアコンの普及率は現在5%程度と低いものの、中間所得層の増加に伴って普及率は高まっている。エアコンはいったんその快適性を知れば、2度と手放せない生活必需品だ。このことは今、猛暑でゆだっている日本人全員が実感しているに違いない(2019年8月1日午後3時半執筆時点で東京都港区の気温は35℃。北海道の最高気温は36℃、岐阜県のそれは38℃を超えた)。

[画像のクリックで拡大表示]
屋台で売られていたチャイ
スパイスが入ったミルクティー。ショウガをその場ですって加えていた。美味かつ激安。(写真:日経 xTECH)

 インドの現在の経済状況は、1950年代後半~70年代前半の日本の高度経済成長時代に似ているようだ。私はその時代を体感してはいないが、ある自動車メーカーOBの方がそう語っていた。その真偽はともかく、インドの成長の勢いをビシバシと感じた。ダイキン工業はインド工場(同国北部ラジャスタン州ニムラナ)の生産ラインを増設中だが、もう1つ新たな工場を別の地域に造って攻勢をかける考えだ。

ガンジス川に入ったら生きて日本に帰れない?

 同社がインド市場に力を入れる理由は、もちろん旺盛な需要に応えるためだが、それだけではない。インドを起点に輸出を増やし、将来的には中近東やアフリカの市場開拓をも目論(もくろ)んでいるのだ。全体の4%と少ないが、既にバングラデシュやネパール、スリランカに製品を輸出している。

 商売上手な同社は、“地球規模”で新市場を開拓する気が満々だ。米国や中国という2大市場に飽き足らず、次の巨大市場であるインドに触手を伸ばし、恐らく地球最後の巨大市場になるであろうアフリカ市場への進出まで狙っているのである。グローバルカンパニーとしての成功条件は、国や地域単位で市場を捉えるのではなく、地球規模の視点で市場を見ることなのかもしれないと考えさせられた。

 少々恥ずかしいことだが、製造業を取材している記者のくせに、私はそれまでインドに行ったことがなかった。今ごろ? という声もあるだろうが、帰国すると意外に「インドはどうだった?」といろいろな所で聞かれることに気付いた。ドイツや米国の場合とは明らかに違う。あらゆる業界が縮小を余儀なくされている日本からすると、あらゆる業界が伸びているインドをうらやましく感じるところがあるのかもしれない。

 ただ、インドに行く前に、衛生面を心配する声は想像以上に多かった。「水道水は絶対に飲んじゃダメ。歯磨きの際もミネラルウオーターですすぐこと」「シャワーのときの水しぶきが口に入るとおなかを下すらしい」「ジュースを頼んだときにコップに入っている氷、これでやられるんだ」…。心配性の知人はアルコール入りのウエットティッシュやマスクを山盛り買って渡してくれた。そういえば、大手電機メーカーの副社長が「インドに行くときは声を掛けてください。当社には社員専用に処方されている良い薬がありますから、その医者を紹介しますよ」と言っていたことを思い出した。あれは冗談だと思っていたのに。不安がだんだん大きくなってきた私に追い打ちを掛けたのは、ある編集長の言葉だった。「ガンジス川に入った日本人で、生きて日本に帰ってきた人はいないらしいよ」。かなり怪しいニュースソースに違いないが、とにかく川には近づくまいと固く誓った。川の周辺に足を運ぶ予定など微塵(みじん)もなかったのだが。

[画像のクリックで拡大表示]
続々と生産されるエアコン
インド市場では造れば売れる状態。(写真:日経 xTECH)

この先は会員の登録が必要です。今なら有料会員(月額プラン)が12月末まで無料!

日経 xTECHには有料記事(有料会員向けまたは定期購読者向け)、無料記事(登録会員向け)、フリー記事(誰でも閲覧可能)があります。有料記事でも、登録会員向け配信期間は登録会員への登録が必要な場合があります。有料会員と登録会員に関するFAQはこちら