安井建築設計事務所に入社したものの、自分が何をすべきかをつかみ取れない。そんな悩みを抱いていた佐野吉彦氏の転機になったのは、半年間の米国研修だった。実務を通して学んだ合理的なデザイン思考は、帰国後にプロジェクトや組織を運営していくうえで佐野氏の背骨になった。(全3回のうちの第2回)

佐野吉彦氏(写真:鈴木 愛子)
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 1988年4月から9月にかけて、米国研修に赴きました。

 86年に安井建築設計事務所へ入社して組織運営の道に入りましたが、設計という業務から離れて具体的に何をしてよいか分からない。悩んでいる私の姿を見て、岳父(妻の父)の北村隆夫(竹中工務店の元専務)が米国行きを勧めてくれたのです。

 強烈な個性を持つ父(安井建築設計事務所元社長の佐野正一氏)の下でやっていくには、もっと力を付けたほうがいい。それには厳しい状況で学んだほうがいい、と思ったのでしょう。米国嫌いの父と違い、北村は米国が大好きです。「造形を学ぶにはヨーロッパがいいかもしれないが、仕事の厳しさやプロジェクトをまとめていくノウハウは米国が優れている」と言われました。

 それまで私の目はヨーロッパに向き、米国には特に興味を持っていませんでした。でも実際に訪れてみると自分との親和性が高く、前向きに勉強しようという気持ちになりました。

 佐野吉彦氏は、西海岸のオークランドの設計事務所に2カ月滞在。その後ニューヨークに移り、竹中工務店へのインターンシップ経験を持つピーター・グラック氏の設計事務所(現・Gluck+)で4カ月働いた。当時は10人弱という規模だった同事務所は、現在およそ60人を擁する規模に成長し、建築家主導のデザインビルドを手掛けている。

 再び製図板にかじりつく時間ができ、リゾートホテルや学校、映画館などの設計を担当しました。同時に設計事務所の運営を学ばなければという意識も強く、クライアントとの関係の構築法やどういう書類を提出して仕事に結び付けるかといったことを注視していました。

 ここで実感したのは、日米の考え方の違いです。

 ボスが回ってきたとき、担当者が図面を説明しますよね。米国では、議論してそれが道理にかなっていると感じると、ボスは「That makes sense(なるほど)」と納得します。

 フラットなところから対話を通して良いアイデアをすくい上げ、なおかつそれが合理的であることを検証していく。こうしたデザインワークの進め方は、とても論理的だと感じました。細部まで自分のコントロール下に置きたいと考える佐野正一(当時、社長)とはだいぶ違いました。

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