共有部分を大きくして住宅を地域の一部として捉える「地域社会圏」や、社会に開かれた住宅を目指して「脱住宅」を提唱するなど、住宅やコミュニティーに関する持論を積極的に展開する山本理顕氏。その持論の萌芽は、大学院の論文や調査のなかにすでにあった。その視点が生まれたきっかけを聞いた。(全3回のうちの第1回)

若い頃の山本理顕氏(写真:山本理顕設計工場)
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 建築家として活躍する山本理顕氏だが、実は大学や大学院では、計画系ではなく建築史系の研究室に所属していた。

 1964年の東京オリンピックを控えていたこともあり、僕の高校時代は建築や土木が花形だったんです。だから「ちょっとかっこいい」くらいの軽い気持ちで建築を選びました。

 けれども、大学(日本大学理工学部建築学科)に入ってから、建築史研究会というサークル活動に熱中しました。もともと寺社建築を中心に研究していたサークルですが、僕が代表になってからは面白くないと思って、みんなで近代建築史の勉強を始めたんです。

 当時、ル・コルビュジエもミース・ファン・デル・ローエも、バリバリの健在でしたが、同時に歴史的な人物でした。今では近代建築史というと、少し昔のことのようですが、当時の僕らにとって「近代建築」は現代そのものだったんです。CIAM(近代建築国際会議)やバウハウスなどについて、みんなで話していて、近代建築の流れが今と地続きのような感覚でした。

 小林文次先生(建築史家)の研究室に進み、卒業論文では、ジョン・ラスキンやウィリアム・モリス、それとハーバード・リード(英国の詩人、文学・美術評論家)の著書を読んで、「装飾論」という論文を書きました。装飾というのは、近代建築の理念のなかでは、外側に張り付けられる表層的なもので、その表層を剥ぎ取ると内側の本質が現れると信じられていました。僕は、それは違うと思って、卒論で考えたのは「装飾意志」という概念でした。

 人には本来、ものを装飾したいという意志があって、それがなければ形が出来上がらない、ということを主張したんです。例えば豆腐はもともと液体ですが、「にがり」を入れないと形にならない。だから、「装飾意志」は「にがり」のようなものだと論じました。大学生にしては、なかなか深いことを言ったと思います(笑)。

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