官民ファンドであるINCJ(旧産業革新機構)の下で経営再建中だったジャパンディスプレイ(JDI)が、中国・台湾の企業連合から800億円の支援を仰ぎ、同連合の傘下に入ることになった。売上高の過半を占める応用先である米アップル(Apple)の「iPhone」が販売不振に陥るなど、不運な要因はあった。しかし、事業環境の変化に対して、経営や事業体制に何らかの脆弱性が内在していたことは紛れもない事実であろう。

 液晶パネルは、日本発の誇るべき技術革新であり、一時は事業でも世界を席巻した製品である。基礎研究、製品化、産業化と段階を踏み、産業の黎明期から成長期に至るまで、一貫して日本企業が主導してきた。本来ならば、日本の特産品として長きにわたって強いビジネスを展開できた可能性があるように思える。

 電子産業では、新たな技術革新やビジネス上のイノベーションの創出の重要性が叫ばれている。しかし、産み育てた液晶パネル産業の総括とそこから得られる教訓を消化しないまま新技術や新ビジネスを創出しても、果たして継続的な強さを醸成できるのだろうか。つまずきからは学びが欲しい。

 今回のテクノ大喜利では、液晶産業の黎明期、成長期、事業再建期に日の丸液晶が取るべきだった施策を改めて議論し、長期にわたって高い競争力を維持するビジネスを営むために留意すべきことを探った。最初の回答者は、インテルの取締役通信事業本部長、フリースケールジャパン社長、ルネサスエレクトロニクス執行役員常務兼CSMOとして活躍したTSUの高橋恒雄氏である。同氏は、電子産業企業の経営者の視点から日の丸液晶を総括した。

(記事構成は、伊藤元昭=エンライト
高橋 恒雄(たかはし つねお)
TSU 代表取締役
高橋 恒雄(たかはし つねお) 第二精工舎、富士ゼロックスで研究開発に従事、マイクロコード、x86、68000、RISC、UNIXに親しむ。その後、インテルに80860アプリケーションエンジニアとして入社、ペンティアム・マーケティングなどを経て取締役通信事業本部長。モトローラにはメトロワークス社長で入社、半導体部門スピンオフに伴いフリースケール・セミコンダクタ・ジャパン社長、リーマンショック後の組織大縮小完了後退社。株式会社TSUを設立。その後INCJにリクルートされ、ルネサスエレクトロニクスでターンアラウンドを行う作田チームに執行役員常務兼CSMOとして参画。TSUではTPGキャピタル、ベアリング・プライベートエクィティ・アジアのアドバイザーを歴任。ライフワークとしてサウンドスケープを研究。
【質問1】継続的な事業を営むため、日本の液晶メーカーは、液晶産業の黎明期に何をしておくべきだったのでしょうか?
【回答】独創的な応用開発とマーケティング
【質問2】継続的な事業を営むため、液晶産業の成長期には、どのような施策をしておくべきだったのでしょうか?
【回答】勝ち残りトップライン戦略、出口戦略、策定実行
【質問3】業績や財務状況が悪化して、事業再建に取り組む際に、どのような施策を取るべきだったのでしょうか?
【回答】ボトムライン戦略、事業転換

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