本記事は、応用物理学会発行の機関誌『応用物理』、第87巻、第2号に掲載された「量子ドットを用いた量子情報デバイス」の抜粋です。全文を閲覧するには応用物理学会の会員登録が必要です。会員登録に関して詳しくはこちらから(応用物理学会のホームページへのリンク)。全文を閲覧するにはこちらから(応用物理学会のホームページ内、当該記事へのリンク)。『応用物理』の最新号はこちら(各号の概要は会員登録なしで閲覧いただけます)。

量子ドットの電子スピンは、量子情報の媒体(量子ビット)としてコヒーレンス時間が長く、物理寸法が小さいという特徴をもつことから、大規模量子コンピュータへの応用が期待されている。本稿では、スピンを含む固体系量子コンピュータの課題とされる、多量子ビット化と量子操作の高忠実度化について研究の現状と今後を概観する。従来、電子スピンを用いた量子情報の研究では、電子状態の制御性がよいGaAs量子ドットが多く用いられてきたが、最近は、集積化に有利で、コヒーレンス特性に優れたSi量子ドットが研究の主流になっている。ここでは、まずGaAs量子ドットを用いた多ビット化とデコヒーレンス抑制、続いてSi/SiGe量子ドットを用いた量子操作の高忠実度化について、我々の研究を中心に紹介する。

まえがき

 量子系の状態制御を基本原理として、量子情報の技術開発と量子物性の研究が急速に進んでいる。すでに原子、光子、超伝導量子回路、量子ドット、不純物中心などを用いて量子ビットや量子もつれが作られ、基本の量子回路の構成に適用されている。現在では、多くの原理実証を経て、量子コンピュータ、量子シミュレーション†1、量子通信、量子センサなど、各用途に適した概念と技術が研究されている。一方で、量子制御の手法を利用して、相互作用の強い固体電子系の量子現象、量子コヒーレンスのダイナミクスといった量子物性の魅力的な研究分野が拓(ひら)かれつつある。これらの研究展開を強力に後押しするように、ここ数年、各国で政府やIT産業、電子産業による量子コンピュータ開発への大規模な投資が始まっている。我が国でも、ごく最近、文部科学省から量子科学技術の推進策が報告されている。

†1 量子シミュレーション 現実の物理系の特徴を記述する模型(量子模型)の問題を、パラメータが制御可能な別の量子系を用いて実験することによって解明する方式を意味する。

 このような情勢の中で、拡張性と集積性に優れた固体量子系の研究が精力的に進められている。歴史的に見れば、1999年に超伝導回路を用いたクーパー対電荷の量子ビットが初めて報告され1)、6年遅れて半導体量子ドットに閉じ込められた伝導電子の単一スピンによる量子ビット2)、その後2個のスピンによる量子もつれ3)が報告された。そして、最近では超伝導を用いた量子コンピュータの開発が先行して進められている。カナダのD-Wave Systems 社による2000量子ビットのアニール機†2が開発され、これに対抗するように、高精度の論理ゲート操作ができる量子コンピュータとして米国のIBM 社が16、17量子ビット機を開発し、同じく米国のGoogle 社は1年のうちに50量子ビット機を実装すると宣伝している。これらに比べて、スピンを用いた量子計算は、まだ3、4量子ビットが実現された段階ではあるが、超伝導回路に比べて物理寸法が桁違いに小さい、コヒーレンス時間が長い、光との量子変換が容易、といった将来性に注目して多彩な研究が展開されている。最近では、シリコン(Si)の集積化技術を取り入れた量子回路の大規模化が活発に議論され、また、これに連動するように、米国のIntel 社とオランダのデルフト工科大学、フランスのCNRS(国立科学研究センター)、CEA-Leti(原子力・代替エネルギー庁/電子・情報技術研究所)とINPG(グルノーブル工科大学)といった、シリコン産業との融合を視野に入れた共同開発プロジェクトが始まっている。

†2 アニール機 組み合わせ最適化問題を解くことを目的として、量子計算の方式を実装した実験システムを指す。

 我々のグループは、早くから量子ドットの電子スピンを用いた量子制御の研究に着手し、最近では、多重量子ドットを用いた量子ビット数の増大と操作精度(忠実度)の向上に注力している。量子ビット数と忠実度は量子コンピュータの計算能力の評価指数であり、50量子ビット以上で量子優越性をもつ量子計算、忠実度99 % 以上で誤り訂正†3機能の量子回路への組み込みが可能とされている。実際、超伝導量子ビットではこれらが当面の目標となっている。我々は、これまでに多重のGaAs 量子ドット結合構造(図1)を作製し、多量子ビット化、および、高速の量子ビット操作とデコヒーレンスの抑制による量子操作の高忠実度化などを達成した。特に忠実度については、高速測定とフィードバック制御による環境雑音の軽減に成功し、またSi/SiGe 量子ドットを用いて、超伝導量子ビットに匹敵するスピン操作の高忠実度化を達成した。本稿では、これらの内容を中心にスピン量子ビットの研究動向を解説する。

†3 誤り訂正 データに符号誤りが発生した場合に、それを検出し訂正できるようにすることをいう。
図1 多量子ビット化に適した1 次元配列の多重量子ドットのふかん的イメージ。各量子ドットの上部には薄膜磁石、左側には電荷計が設置してある。
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