2014年5月にこのコラムの連載が始まってから、今回でまる5年になる*1。読者の皆様のご愛読に心から感謝したい。そして今回が、平成最後のコラムでもある。そこで今回は改めて、クルマにとって平成とはどんな時代だったのかについて考えてみたいと思う。

*1 本記事は2019年4月24日『日経ビジネス 電子版』からの転載です。

日本のクルマの黄金期

 このコラムを書くために、平成元年(1989年)がどんな時代だったのかを振り返ってみたのだが、改めて感じたのは、日本のクルマにとってまさに黄金期だったということだ。1989年は、その年の12月29日に日経平均株価が史上最高の3万8957円を記録した年であり、まさにバブル景気の頂点だった。海外に目を転じれば、この年の6月に中国では天安門事件が起こり、11月にはベルリンの壁が崩壊するなど大きな歴史の転換点となった年でもあった。

 つまり平成の幕開けは、日本という国のある意味絶頂期だったわけだが、そんな年に起こった自動車業界におけるエポックメーキングな出来事としてまず挙げたいのが、トヨタ自動車の「レクサス」、日産自動車の「Infiniti」という二つのプレミアムブランドが誕生したことだ(レクサスをカタカナ、Infinitiをアルファベット表記にしているのはレクサスブランドが日本に導入済みなのに対し、Infinitiは日本未導入であることによる)。

トヨタ、日産が新たなプレミアムブランドの最高級車として導入した初代「Lexus LS400」(上、米国仕様)と「Infiniti Q45」(下)(写真:トヨタ自動車、日産自動車)

 それまで日本のクルマといえば、燃費が良くて壊れにくいものの、ステータスとかプレステージには無縁の存在だったわけだが、そうした常識にあえて挑戦したのがレクサスとInfinitiという二つのブランドだった。いや、正確にいえばその3年前にホンダが「Acura」というプレミアムブランドを導入していたのだが、残念ながらそれほど大きな存在感を示すには至っていなかった。やはり日本メーカーがプレミアムブランドをつくるのは難しいのではないか、そんなムードが漂う中、常識を覆したのがレクサスブランドだった。

 トヨタがレクサスを象徴するモデルとして導入した最高級車「LS400(国内名セルシオ)」で特徴的だったのは「Yetの思想」と「源流対策」の二つのキーワードだ。Yetの思想とは、難しい課題に対しても安易に妥協せずに取り組む姿勢を指し、源流対策とは、表面的な対策でなく、根本的な原因にまで遡って問題を解決する姿勢を指す。例えばエンジンの振動や騒音を低減するのに、静音材や遮音材を増やすのではなく、加工プロセスまで見直して部品の精度を向上させ、エンジンそのものの振動・騒音を減らすことに取り組んだ。空気抵抗係数でCD値0.29という当時としてはトップレベルの空力性能を実現していたのも特徴で、ウインドーとボディーパネルの段差を極力小さくした新しい構造の採用や、床下を極力平たんな形状にするといった新しい考え方を採用した。

 生産技術面でも、板厚や材種が異なる複数の鋼板をレーザー溶接で一体化した「差厚鋼板」を国産車としては初めて採用するなどの新しい技術を盛り込み、車体の軽量化を図った。こうした空力特性の向上や車体の軽量化によって、V型8気筒エンジンを積む高級車としては初めてガスガズラータックス(燃費が悪いクルマに課される税)を回避することに成功した。LS400の当時としては画期的な静粛性や燃費の良さは欧州の高級車メーカーに衝撃を与え、特にドイツの高級車メーカーの開発にも大きな影響を与えることになった。

 この初代レクサスLS400に比べると、日産がInfinitiブランドの最高級車として発売した「Infiniti Q45」はグリルレスの大胆なデザインや高級車としてはスポーティーな乗り味が特徴だったが、個性的なデザインが支持されなかったことや、LS400と同等の静粛性・低燃費を実現できなかったこともあり、LS400ほどの成功を収めることはできなかった。しかし、従来の高級車とは異なる独自の価値観を追求し、日本車の存在感を高めることには貢献したと筆者は感じている。

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