「そんな基礎的な調査はうちではできんから横に置いとき」

 暑い夏の日のA社の会議室。10人くらいのメンバーの前で、こう社長は言いました。その一言で、ムシムシしていた会議室の空気が一瞬凍ったのを記憶しています。「横に置いとき」というのは、要するに「やめておけ」ということ。社長の「鶴の一声」でそのテーマは取りやめになりました。

 そのテーマがどのようなテーマだったかというと…。A社がこれまで取り引きがない会社と取り引きを開始しようとした際のことです。「取引条件」にはなっていなかったものの、相手先のエースとおぼしき人物がふと漏らした一言がありました。それにフォーカスしようというのが、その会議でのテーマでした。

 A社は金属加工の会社です。加工技術の精度の評価方法について、これまでごく一般的な評価を行ってきました。しかし、競合会社がやっていないような評価方法で評価することはしていませんでした。

 A社の社員は、新しい取り引き先のエースがA社に委託する製品について「こんなことについて評価できないかな?」とつぶやいていたのを聞き逃しませんでした。そして、それを開発テーマとしてこの会議で提案したのです。

 守秘義務があるため、このテーマをここで詳しく公開することはできません。私なりの考えで言うと、かなり面白いテーマです。実際、私もA社の社員と「この技術なら原理に迫れるかも。そうなったら原理的な特許が取れそうだよね」という話で盛り上がるほどユニークなテーマでした。

 原理とは、現象が起こる根本の理屈のこと。こうした原理に迫った研究開発は、最も効果が高くなる上に、特許を強くします。

「やめておけ」

 ところが、です。テーマの説明を少し聞くなり、社長が冒頭の一言を口にしました。要するに、「やってはいけない」ということです。その理由については、非常に単純明快です。続けて社長はこう言ったからです。「そんなカネにならなさそうなテーマ、やっても儲からん」。

 この言葉を聞いて、私を含めて一同が絶句しました。少々短気な性格で、話に勢いのある社長だけに、1度話し始めると止められないところがありました。そのため、冒頭の説明の通り、夏の暑い会議室が凍ったような雰囲気になったというわけです。私も「ここで説得を試みても、この社長の場合はムダだな」と思って、発言は控えました。

 結果として、この会議室でのやり取りにより、このテーマには取り組まないということになりました。私は非常に残念に思いました。なぜ残念かと言うと、このテーマに対して次のように評価していたからです。

  • 顧客が明確には要望していないものの、内心要望している
  • 競合が実施していない評価方法である
  • 根本原理に迫れそう
  • 原理の特許になり得るアプローチである