次のような質問が私の事務所に寄せられました。

【質問】

國井 良昌
國井技術士設計事務所 所長

 私は通販企業に勤務する技術系社員です。当社では、顧客が望む商品を国内や国外から調達し、通信販売で供給しています。その商品の選択にFMEA(故障モード影響解析)を駆使していますが、あまり役に立っていません。どうしてうまくいかないのか、先生に1度チェックをお願いしたいと思っています。

 この質問に対する私の回答はこうです。

【回答】

 今回の質問もそれほど難しいものではなかったのでホッとしました。この質問者には何度かメールや電話でやりとりし、要点を把握した後で会社を訪問しました。この会社は日本企業独特の難解で複雑なFMEAを選択していました。「ああ、またか」と思いましたが、そこはグッと我慢。この会社のFMEAは、設計工学において重要な「トレードオフ」が存在していませんでした。これが問題なのです。

 筆者の事務所では、トラブルの発生率が高い3つの原因を「トラブル三兄弟」と呼ぶことを前回説明しました。[1]新規技術、[2]トレードオフ、[3]変更、です。このうち、今回は[2]のトレードオフを取り上げます。

トレードオフとは設計品質の優先順位の入れ替え

 トレードオフは、設計品質の優先順位を入れ替えることです。Q(Quality;品質)とC(Cost;コスト)の優先順位の入れ替えです。例えば、小型レーザープリンターを見てみましょう(図1)。この用紙走行系には「電磁クラッチ」が組み込まれています。この電磁クラッチは、度々トラブルを発生するので、通称、「慢トラ部品(慢性トラブル部品)」と呼ばれています。ただし、トラブルの原因は電磁クラッチメーカーではなく、使う側の設計にある場合がほとんどです。多くは、電磁クラッチの選択ミスです。

図1●電磁クラッチに見る設計思想の優先順位
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 小型レーザープリンターの場合、どの材料も部品も「低コスト化」を優先して選択します。しかし、図1の設計では、電磁クラッチが「慢トラ」部品であるが故に、その「設計思想の優先順位」を「1位:信頼性、2位:低コスト」に設定したとします。

ところが、開発終盤のコストの見積りで、「コストが目標値をオーバーする」と判断された場合は、再度、低コスト化を検討します。すると、優先順位は「1位:低コスト、2位:信頼性」となってしまう場合があります。

 これをトレードオフと呼ぶのです。そして、これが大きなトラブル原因となっています。なぜ、トラブルの原因になってしまうのでしょうか。この後に出てくる多くの事例を読んで理解を深めてください。例えば、以下のようなトラブル事例があります。

  • [1]携帯電話のバッテリー:信頼性よりも急速充電を優先して発煙事故が発生。
  • [2]点火スイッチ:信頼性よりも低コストを優先して3円の電気抵抗を削除。導通不良でエンジンが停止し、72万台のリコールとなった。
  • [3]シュレッダー:安全性よりも小型化を優先し、カッターを用紙投入口付近に配置。幼児の指を切断した。
  • [4]弾力性のある履物:安全性よりもデザインを優先し、エスカレーターに挟まれる。
  • [5]回転ドア:安全性よりもビルディングの省エネやデザインを優先し、子供がドアに挟まれて死亡。
  • [6]流れるプール:安全性よりも保全作業性を優先し、幼児が吸い込まれて溺死した。
  • [7]TVゲーム:安全性を軽視し、スポーツゲームで手元操作機が手元から外れてTV画面を損傷。人体にもぶつかってけがを負わせる。

 安全性と低コスト、安全性とデザイン、安全性と作業性。これらの関係を安直にトレードオフした結果、大きな社会問題にも発展した事故が多いことに気が付くことでしょう。