「デザインシンキング」でユーザーの価値を見極める

アジャイル開発の優位性は分かりました。でも、いくら速く開発しても、そのサービスが顧客のニーズを満たしていなければ意味がないのでは?

山根氏:その点に関しては、私たちは「デザインシンキング(デザイン思考)」を採用しています。これは、顧客の課題を技術起点ではなく、ユーザーの価値起点で発掘する手法です。ユーザーの体験を観察することで、さまざまな事象から潜在的な課題を発見し、そこからインサイトを得て新しい価値を創っていきます。技術的にどのように実現するかは後から考えるのです。例えば、朝に電車で通勤する人が、どのような行動をしており、その中で何を問題と感じているかを起点に課題を探っていくのです。

 よくあるのが、技術ありきで何かのサービスを作りたいという声。「話題の5G(第5世代移動通信システムで何かやりたい)とか、「流行の人工知能(AI)やIoT(Internet of Things)を活用して何かを作りたい」といったケースです。こうした声は特に企業の上層部から聞こえてくるのですが、ユーザーにとって価値があるかどうか分からないまま技術主導で進めると、大体は作ること自体が目的になり、PoC(Proof Of Concept;概念実証)だけ、すなわち試作の前段階で実現可能性を評価する実証実験だけで終わってしまいます。

 これに対し、デザインシンキングの手法を使うと、実際にユーザーの課題が起点になっているので、「欲しがっている人がいる」ということが担保されます。課題は明確なので、やり方は途中で変えることが可能なので、持続性もあります。

 KDDI DIGITAL GATEの中には、デザインシンキングを専門的に扱っているメンバーがおり、そのメンバーがファシリテーターとなって、お客さまとチームを作り、いろいろなワークショップを設計します。ユーザー体験(ユーザーエクスペリエンス;UX)のデザイナーもチームメンバーに入るので、ワークショップで出たアイデアはすぐに形にしていきます。それを現場でユーザーに見せたり、使ってもらうことで、その様子を観察したり、そうしたサービスがあれば使いたいか、お金を払ってもよいかといったインタビューを行うのです。実際のサービスを開発する前に確認してもらうことで、顧客にとって価値がないものを作ってしまうリスクを避けるというわけです。

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アジャイル開発とデザインシンキングを組み合わせることで、本当に顧客が使ってくれるサービスを、とにかく速く開発するわけですね。

山根氏:その通りです。アジャイル開発の手法である「スクラム」では、製品(サービス)をリリース可能な状態(ユーザーが利用できる状態)にまでもっていく一連の開発サイクルを「スプリント」と呼びます。通常、このスプリント期間は1~4週間となりますが、KDDI DIGITAL GATEで取り扱う案件の場合は、1週間でも長いと感じています。

 というのは、アジャイル開発に慣れた人や、一旦リリースしたサービスに対して追加で開発するのであれば、比較的長い期間を使ってもうまく回ると思います。ところが、世の中にないサービスの場合は、デザインシンキングを採用しているとはいえ、市場で本当に使ってもらえるかどうかが分かりません。そうしたサービスに4週間もかけてしまうと、大量の時間をムダにしてしまう危険性があります。従って、全く新しいサービスの開発では、できる限り短いスプリントで収めた方がよいのです。また、アジャイルに不慣れなお客さまとチームを組むことが多いため、できる限りスプリント期間を短くすることで、リスクを最小化し、かつ学習効果を高めることができます。そのような理由から、私たちは「ワンデイ・スプリント」、すなわち、わずか1日のスプリントによるアジャイル開発も行っています。

1日? そんな短い時間で開発することが可能なのですか?

山根氏:はい、可能です。朝に何を作るかの計画会議を行い、昼間に開発します。夕方になったらデプロイしてレビュー(審査/評価)を行います。その後1日の振り返りをおこない明日に向けたプロセス改善を行って終了となります。

 ワンデイ・スプリントでは、基本的に残業という概念はありません。日々の計画会議の中で、1日で完了するストーリーを2~3時間程度のタスクに分解した上で作業見積りをするため、見積りがずれていなければ定時に終わります。1日分のタスクなので見積りのブレ幅もそれほど大きくなることはありません。また、常にタスクの状態が見える化されており、また計画したタスク以外はやりませんので、こうした開発手法は働き方改革にも効果的だと思います。

 限られた時間内に最大の成果物を出すために、私たちはメンバーに「仕事のための仕事」のような業務、具体的には仕様書の作成や進捗管理、プロジェクトマネジメントも徹底して排除しています。開発ルームにいる間は、開発に専念します。残業はないのですが、かなり疲れます。でも、1日で成果が出るので、メンバーのモチベーションは維持できます。何より、顧客に常に寄り添って同じチームのメンバーとして開発を進めるので、やりがいの高い仕事だと実感しています。