イノベーションを生むためには、技術だけではなく、「あるべき姿」を追究する思考プロセスが必要だ──。MI人財開発研究所代表で、デンソー時代にアンチロックブレーキシステム(ABS)を開発した今枝誠氏はこう説く。「技術者塾」において「新しい価値を創造するイノベーション力」の講座を持つ同氏にイノベーションを生む思考プロセスについて聞いた。(聞き手は近岡裕=日経xTECH、高市清治)

[画像のクリックで拡大表示]

多くの経営者や技術者が、自社内でイノベーション(技術革新)を起こしたいと考えています。イノベーションを起こすには何が必要でしょうか。

今枝氏:日本の製造業は、イノベーションに必要な優れた技術を持っています。しかし、今何よりも必要なのは「あるべき姿」を描くビジョンでしょう。日本には以前、欧米というモデルがあったので、日本の製造業は既にある製品を改善・改良し、安く造って売る手法を磨けばよかった。ところが、いざ欧米に追いついて先行モデルを失うと、「何を造るか」という根本から考えなくてはいけなくなりました。

 確かに、次々と登場する人工知能(AI)や仮想現実(VR)、自動化などの新技術を使えば、どんなものでも造れそうです。しかし、何を誰に向けて造るかという方向を定めなければならず、右往左往しているのが実情です。

どうすれば目的地を見つけられるでしょうか。

今枝氏:目的や理想を固めてから、市場やライバル企業の動きを鑑みて発想する思考法を提案しています。

 イノベーションには飛躍が必要です。そのため、目的や理想などを突き詰めるプロセスを経るべきです。そこで[1]目的思考[2]コンセプト思考[3]フレームワーク思考[4]オプション思考、という4つの思考ステップを提唱しています。アンチロックブレーキングシステム(ABS)を例に考えてみましょう。ABSは、凍った路面などで急ブレーキをかけても、小刻みにブレーキをかけたり緩めたりするように制御して、タイヤがロックするのを防ぐシステムです。

 目的思考は、事業領域を通じて何に貢献するか、何ができるかを考えるステップです。例えば、「自動車製造という事業領域を通して、安全性という顧客価値を提供したい」といったミッション(使命)を定めます。そして、「凍ったり、積雪が固まったりした路面でブレーキをかけたとき、タイヤがロックしてスピンしないようにできないか」というビジョン(理想)を掲げるのです。目的という方向性を固めたら、事業創造の視点に立ってどのような顧客価値を提供できるかを手段まで含めて明確にする。これがコンセプト思考のステップです。

 ABSで言えば、「どうすればブレーキを踏んでもロックしないように制御できるか」を技術的に明らかにします。「ブースターにエアバルブを1個付け、小刻みにオンオフ制御を繰り返してスリップ率を制御する」といった技術的な解決策を発案するのです。

 造るものの全体像が見えてきたら、「本当にこの案が一番なのか。他により良いアイデアはないか」を検討するのがフレームワーク思考です。通常は、競合他社の類似製品などと比較します。その上で、検討していたアイデアがベストだと判断すれば製品化を進めますし、競合他社の製品の方が優位性が高いと判断すれば、もう一度最初の目的思考に立ち戻ってアイデアを見直す。この戦略的な意思決定のプロセスがオプション思考です。

 ABSの例では、凍った路面でブレーキをかけてもクルマがスピンしないようにスリップ率を制御するという発想で本当に良いのか。例えばの話ですが、左右に振れる棒を車体に取り付け、スピンしかけた方向と逆方向に振れるようにしてモーメントコントロールする方法はどうか。発想を転換して、路面の氷や雪を溶かす方法はないか。いろんな角度から見直し、品質やコスト、顧客満足度などを考慮して、現在の案がベストか否かを検討するのです。

 ポイントは「あるべき姿」の追究です。「ありたい姿」ではありません。自分ならではの独自軸を持つ必要はありますが、「ありたい姿」を求めると独りよがりの、最終的に受け入れ難い案になりかねません。顧客ニーズや市場動向といった世の中の流れに配慮する必要はありますが、それだけではいつまでたっても理想に到着する飛躍はできない。改善や改良はできても、革新は生まれません。自分ならではの軸や世の中の流れ、自社の強みなどに目配りし、バランスを取りながら革新を生むには、「あるべき姿」の追究が最重要なのです。