「当社グループの研究開発におけるシミュレーション計算のレベルは高く、これまでやれることはだいぶ実行してきた。それでも分からなかったことが分かる点で、データサイエンスに新鮮味を感じる人が多いだろう」と語るのは、三菱ケミカルホールディングス(HD)デジタルトランスフォーメーションGrチーフコンサルタント/データサイエンティストでマテリアルズ・インフォマティクスCoE(Center of Excellence)チームリーダーの磯村哲氏。同氏が所属するデジタルトランスフォーメーションGrは、データサイエンス、人工知能(AI)といった最新デジタル技術の応用普及を通して三菱ケミカルHDグループ全体の変革を推進する役割を担う。2017年4月に発足し、日本国内でも有数のデータサイエンティストが集まる*1

*1 2017年4月に先端技術・事業開発室が発足し、その中に3つあるチームの1つがデジタルトランスフォーメーションGr。リーダーのCDO(チーフデジタルオフィサー)で執行役員の岩野和生氏は日本IBMで東京基礎研究所所長などを歴任した。

 大手メーカーは、データサイエンスを今までにない新製品や新サービスを生み出す手段と捉えている。既存の開発手法では得られない知見が得られると期待しているのだ。

 ブリヂストンは、上級のデータサイエンティストが集結するデジタルソリューション本部を2017年1月に発足させた*2。「データサイエンスやAIを使って新しいソリューションビジネスに貢献するのがミッション」(同本部ソリューションAI開発部長の花塚泰史氏)。主力製品であるタイヤのデータを分析するアルゴリズムを開発し、ユーザーに代わってタイヤを管理するなどの新サービスを支える役割だ。

*2 発足時は「デジタルソリューションセンター」。

計算が難しい複雑系を扱う

 データサイエンスが特に生きるのは「理論をそのまま適用しにくく、シミュレーションなどの計算が難しい複雑系」(三菱ケミカルHDの磯村氏)。典型的な例が新薬の開発であり、例えば病変を拡大する特定のたんぱく質と結合して働きを阻害する薬について、それが効くかどうか、安全かどうかは、最終的には多数の投与例のデータから帰納的に説明するしかない。メカニズムの説明ではなく、データで統計上有意な結果が得られるかを数値で判断する必要がある。

 一方で、機械製品や電気製品などはこれまで、物理・化学などの理論を踏まえて演繹的に推論して開発されてきた。化学製品も同様に理論やシミュレーションが重要な分野だった。しかし、そのような演繹的アプローチではまだ攻略できない現象が世の中で存在する。そこを正面から取り扱えるのがデータサイエンス、またはデータドリブンな帰納的アプローチだ。

 つまり帰納的アプローチには、既存の機械製品などの開発を補完し、行き詰まりを打開するような新たな知見が得られるといった期待がある(図1)。これによって新製品・サービス開発の幅が大きく広がる可能性があるのだ。

図1 データサイエンスによる、データドリブンでの帰納的な新製品・サービス開発
ビッグデータやAIの活用により、データの蓄積と分析で得た知見を根拠とした開発が可能になる。既存の機械製品の製品開発のように、理論を積み上げる方法を補完できる。(日経ものづくりが作成)
[画像のクリックで拡大表示]

計算化学をデータサイエンスで強化

 三菱ケミカルHDの傘下には製薬会社があり、長年の経験を積んだデータサイエンティストがいた。複雑な統計モデルを作成する手段として機械学習に取り組んできたなどの経験を持つ人が多いという。2017年に発足した新組織のデジタルトランスフォーメーションGrには、これらのデータサイエンティストが集まった。

 新組織の設置は、ビッグデータに基づくデータサイエンスの帰納的アプローチで新たなビジネスを推進するという全社の方針による。現場部門がデータサイエンスを使って何かを始めたいときに「ここへ聞けば分かる」という部署だ。発足後には陣容を拡充するため、日本アイ・ビー・エム東京基礎研究所の元メンバーなどの実力者を招へい。「世の中でデータサイエンティストやAI人材の重要性が認識され、採用が劇的に難しくなる少し前のタイミングだった」(磯村氏)。

 さらに具体的に、材料開発へのデータサイエンスの応用を目指して、2018年6月に「マテリアルズ・インフォマティクスCoE」がスタート。「当社傘下のグループ会社やアカデミアを含む社外パートナーが有する技術を結集し、材料開発期間の短縮と新規材料設計を早期に実現するためのグループ横断的なチーム」(三菱ケミカルHDの2018年6月27日付プレスリリース)だ。その手段となるのが、傘下の三菱ケミカル(MCC)などが培ってきた量子化学計算や分子動力学、分子シミュレーションなどの計算化学と、データサイエンスや機械学習との組み合わせである。

 2019年6月には、MCCが情報・システム研究機構統計数理研究所との共同研究所部門設置で合意した。統計数理研究所は、統計科学や関連する数理科学、すなわち今日のデータサイエンスに以前から取り組んできた研究機関。MCCにとっては計算化学技術をデータサイエンスでさらに強化する狙いがあり、マテリアルズ・インフォマティクスCoEの発足と基本的には同じ目的といえる(図2)。

図2 三菱ケミカルが統計数理研究所と共同研究を進める狙い
「データサイエンスと計算化学を組み合わせて、革新的な材料を見いだす物質探索アルゴリズムを構築する」としている。(出所:三菱ケミカルホールディングス)
[画像のクリックで拡大表示]

この先は有料会員の登録が必要です。今なら有料会員(月額プラン)が2020年1月末まで無料!

日経 xTECHには有料記事(有料会員向けまたは定期購読者向け)、無料記事(登録会員向け)、フリー記事(誰でも閲覧可能)があります。有料記事でも、登録会員向け配信期間は登録会員への登録が必要な場合があります。有料会員と登録会員に関するFAQはこちら